ほどなく、俺たちは多賀のサービスエリアに着いた。
長距離のトラックやトレーラーがずらっと並んで停まっていて塀のようだ。
用を足したり、売店をのぞいたりしてぶらぶら二人で歩いた。

「ねえ、彗星、見に行こうか」
白い息を吐きながら、サーヤのほうから意外な言葉が出た。
実は、俺も学生時代から天文ファンで、今年のアイソン彗星は気になっていたのだ。
「サーヤも、星が好きなんか?」
「そうね、弟が好きだったから・・・」
「弟がいるんだ。いくつ離れているの?」
「二つ・・・でも死んじゃった」
そう、ぽつりと言って空を見上げている。
「ごめんね」
俺はサーヤの肩を抱いて、同じ方向の空を見上げた。
ポラリス(北極星)が中天にじっとしていた。

「彗星を見るなら、東の空が開けているところへ行かないとね。越前海岸じゃ逆方向や」
「そうなの?」
「北陸道に入らんと、そのまま名古屋を抜けて、御前崎のほうまで足を伸ばそ」
「遠いね」
「今からなら十分、間に合うよ」

俺たちは、あったかいコーヒーを買って車のほうへ向かった。


座席についてシートベルトをカチャりと嵌めるとエンジンを始動した。
車の流れが切れたところで、加速車線からスムーズに本線に流入できた。

「彗星って、どうして東の空なの?」
サーヤが尋ねる。
初歩的な質問だった。
「彗星はね、太陽の周りをまわる地球の仲間なんだよ。太陽の光を受けて輝くんだ。でも小さいから太陽に近づかないと見えるほど輝かないんや」
「そうかぁ。だから日の出の方向でなきゃだめなんやね」
「それも、日の出直前まで。日が出てしまったらまぶしくて彗星観測どころじゃないよ」
「ふうん。しっぽがあるんでしょ」
「太陽に近づくとしっぽが長くなるなぁ。太陽の熱と太陽風という粒子の風で彗星の本体が持ってる氷やらドライアイスが昇華してあの煙のようなしっぽになるんだよ」
「先生みたい。ケンジって」
「好きなんだよ。宇宙が」
「男の子はみんなそうね。そういうとこ好きよ」
「アイソン彗星は、ハレーのようには戻ってこない、一回だけの彗星なんやで」
「彗星って、そんなのもあるんや」
「たいてい、そうみたいだよ」
「もしかしたら、アイソンは太陽に近づきすぎて吸収されるか、破壊されるかもって言われてるんよ」
「かわいそうね」
「それもすごいイベントなんや。だから見たい」
「一期一会か・・・」
サーヤはそうつぶやいた。
北陸道分岐をやり過ごし、名古屋方面へ車を走らせた。

「彗星は太陽に近づくときと、遠ざかる時でしっぽの向きが変わるんやで」
「そうなん?」
サーヤはコーヒーをすすっている。
「アイソンの場合、東南東から太陽に近づいて、そのときはしっぽが南側に傾いてる。で、東北東に向かって出ていくときは北側に傾いてんねん」
「近日点ではどうなんってんの」
「そんな言葉知ってんの?すごいな。近日点ではしっぽは太陽の反対側に直立した感じになるはずやけど、近すぎて見ることはできないな」
「弟が天文ガイドなんていう雑誌を取ってたからね、でもなんも知らんねんよ。彗星がどうやって見えるかも知らんのやから」

「弟さん、なんで死んだん?」
俺は思い切って聞いてみた。
「バイクの事故でね、がけから落ちて即死やった。あほな子や。星とバイクが好きで、その日も望遠鏡を荷台に乗せて、晩から大悲山へ行くとか言うて・・」

「そうかぁ」
俺もやったことがある。違うといえばバイクじゃなかったことだった。だから助かった。

岐阜羽島を越えたあたりだった。
「この辺もホテルおおいでしょ」
「そやねぇ。昔で言うたら宿場町みたいなもんかな」
「宿場には違いないね。ははは」
サーヤは笑った。
「もう名古屋に着くよ」
「早いなぁ」
びゅんびゅん、トラックが追い抜いていく。
夜行バスも。

「彗星はどっから来るんやろね・・・」
問わず語りにサーヤがつぶやいた。
無粋な俺は、
「オールトの雲とか彗星の巣みたいなとこから湧いてくるみたいやで」
「何それ」
「彗星の卵がいっぱいいる、帯状の雲みたいなものかな。俺もよう知らん」
「ふーん。またそこへ戻っていくんやろか」
「かもね」
俺は、前の「硫酸」を積んだタンクローリーを追い越そうと指示器を出して車線を変更した。

もうサーヤとのセックスより、サーヤと彗星を見たい一心で運転をしていた。
今晩は月は明るいが、彗星が上るころには西に沈んでいるだろう。
雲もない。