夏休みには決まって、あたしたち家族は若狭湾の神子(みこ)という漁村に行く。
お父さんの友人が民宿をしていらっしゃって、お父さんが勝手に予約を入れてしまうのだった。

夏休みが始まったばかりの朝のこと。
「またぁ?」不満そうに、一つ違いの弟が言う。
「崇(たかし)は、海、好きやないか」と、お父さん。
「ハワイぐらい、連れてってえな」だって。
生意気な中学生である。
お父さんもお母さんも苦笑い。
「なおこ姉ちゃんはどうなん?」今度は、あたしに振ってきた。
「あたし?あたしは、どこでもいいよ。のんびりできるとこなら」
「おばはんみたいやな」
「うるっさいなぁ」
ほんまに、腹立つ弟や。

須川さんっていう民宿なんやけど、古い家で、なんか懐かしい雰囲気がすんねん。
あたしは、そういうところが好きなんや。

上にもう一人、秀子(ひでこ)っていう姉がいるんやけど、社会人やから、もう、うちらとは遊びにいっしょに行かへんようになった。
彼氏でもいるんかな。


そして、とうとうやって来た。
青い海。青い山。
もう、海岸にはパラソルが立って、いっぱしのリゾート地みたいやった。
須川さんのご主人は、町に晩の食材を仕入れに行ってて、いいひんかった。
代わりに奥さんの、みずえさんが太った体を揺らして、出てきはった。
「いらっしゃい。遠いところ。あがって、あがって・・・」
床の間のある、大きい部屋に通されて、荷物を置いた。
お母さんが奥さんに手土産をわたして「お世話になります」とか「もう奥さん、こんなんしてもろたら・・・」とか後ろで言うてはった。

トンビがピーヨロヨロと甲高く鳴いている。
「大学生の団体が一緒に泊まってますねん。ええ子らですけど、ちょっとうるさいかもしれませんけど」
「かまいしません。にぎやかで楽しいほうがよろしいわ」

「なおこ姉ちゃん、海、行こ」
崇ががまんできんいう顔で言う。まだまだお子様やなあ。
「先、行ってきいな。あんた、おなかすかへんのか?昼、サンドイッチしか食べてへんやろ」
あたしは、姉らしく弟の体を気遣った。
「そやな。ちょこっと小腹がすいたな」
「崇君、おにぎりあるよ。食べていき」と奥さん。
「すんません。ほんまにこの子は」とお母さん。
お父さんは釣道具を下げて、玄関から入ってきた。

民宿の直前が道路で、この季節はかなりの交通量だった。
消えかけの横断歩道を渡って、防波堤の切れ目から砂だらけの階段を下りると、もう海岸だった。
磯の匂いが、強く香っている。
波はさほど高くない。
ここは入り江になっているけれど、砂浜が半キロほど続いていた。
途中から漁港になっている。
あたしも水着に着替えていたが、日焼けがつらいので真っ白のヨットパーカーをはおっていた。
崇は学校の海パンをそのまま持ってきて履いている。

大学生らしき数人の集団が、カセットテレコで音楽を鳴らしながら、甲羅干ししたり、飲み物をのんでしゃべっていた。
その音楽って、あたしたちのよく知っている「アニソン」だった。
「パタリロ」から「ミンキーモモ」に変わったところだった。
あたしたちは顔を見合わせ笑った。

女の人が三人、男の人が二人だった。でも、海に入っている人たちもいるから、もっといるのかもしれない。
「この人らか。おいらの民宿に泊まってるの」
「そやろ」
引っ込み思案のあたしは、知らない若い人たちが苦手だった。
「姉ちゃん、いこ」
「うん」
崇に手を引かれて、あたしは空いてる砂浜の場所をさがしていた。
結局、その大学生グループの隣しか空いてなかったので、そこにシートを敷いた。

後で知ったことだけど、ある大学の漫画研究会の合宿なんだそうだ。
あたしの知らない大学の名前だったけど。三流かな?

「きみら、民宿須川に泊まってんの」
向こうから話しかけてきた。やさしそうな、めがねのお兄さん。
「あ、はい」
「おいらも。よろしく」
「よろしくですぅ」
ぺこりと頭を下げたあたし。
なにやら自由で大人の雰囲気を感じた。
大学生って、いいなと漠然と思った。
崇は、そんなことにはおかまいなく、ばちゃばちゃと岸辺でカラスみたいに行水していた。

夜、たいへんなことに遭遇するんです。
では、また。