五月雨が止み、普段はおとなしい流れの谷川の水が激しく泡立って岸辺に寄せていた。
そのほとりに、老婆が曲がった腰をさらに曲げて、川面に衣(きぬ)を浸して洗っている。

それは、獺(かわうそ)かなにかが、漁(すなど)りをしているかにも見えた。

やがて、老婆は衣を難儀して絞ると欠けた桶に放り込んだ。
骨に皮が張り付いただけの腕で、よくそんな力が出るものだ。

ふと、上から桃が流れ来たのが、老婆の目に留まった。
朽木のような細い腕を出して、その桃を手繰り寄せようと水を掻いた。
丸々とした、大きな桃は、このあたりでは珍しいものだった。
この上流に、桃の木があるのだろうか?

やっとのことで、桃を手にした老婆は、抱えるようにして水を滴らせながら、洗濯桶に桃を入れた。
「こりゃ、うまそうな。立派な桃だで」
皺を寄せたような顔が笑った。

よちよちと、土手を上がり、その脇に辛うじて建っている、ひどくゆがんだわらぶき屋根の家に老婆は入っていった。

中は、タタキと囲炉裏端だけの簡単なものだった。
タタキの奥にはかまどがしつらえてある。
老婆は、洗濯桶から桃を押戴くように手に持ち、囲炉裏端の綿の出た座布団の上に置いた。
「爺さんが帰ってきたら、食おうかの」

夕方、老婆が米を炊(かし)いでいると、頭巾姿の好々爺という感じの爺さんが汗を拭きながらタタキに入ってきた。
「帰った・・」
一言そう言うと、背負子(しょいこ)の薪を下ろした。
「ごくろうさんなこって」
老婆も、爺さんをねぎらって、白湯を一碗、差し出した。
「おう」
碗を受け取り、爺さんはごくごくと飲み干した。
よほど、のどが渇いていたと見える。

ささやかな、夕餉の支度(したく)が終わり、老婆は
「爺さん、今日な、洗だくをしとったら、こんなおおけな桃がよぅ」
「ほえぇ。流れてきたんけ?」
「はいな」
爺さんは、座布団に鎮座している桃を驚きの眼で眺めている。
「大きいな。しかし」
「飯のあとで、切りまひょ」
「ああ、うん」

さてさて、食事も終わり、いざ、桃を切ろうと菜切り包丁を台所から老婆が持ってきた。
「どっから切るかな」
「裏返して。どれ、わしが切ったろ」
「ほな、爺さんにまかせやしょ」
刃を桃の尻から差し入れると、汁が噴き出した。
そして、甘い香りが部屋の中に満ちた。
ずいーっと、包丁が下ろされ、種にがつっと当った。
「やっぱりな」
「種かぁ?」
「ああ」
「こうやって、削いで食おう」
爺さんは器用に、包丁を倒して、桃の実を削るようにして、婆さんが持ってきた木の盆に取った。
そうやって、二人で、顔中、桃の汁だらけにして、食った。
盆にはでかい種だけが残った。
「はぁ、もう食べれん」
「うんまかったぁ」

その晩、二人は体の異変に気づいた。
異変と言っても、しんどいとか、痛いとかではない、何か、こう、気分が高揚するような、おかしな、笑い出したくなるような感じなのだった。
暗がりで、灯明に火を点(とも)して、お互いの姿をみて、おったまげた。
「おまいさん。爺さんか?」
「あんたこそ、婆さんか?」
そこにいたのは、若い男女だったのだ。
着ているものこそ、いつも見慣れた、くたくたの着物だったけれど、それに包まれたの肉体は、はちきれんばかりのみずみずしい、若者のそれだった。

「わしたちは、いったい・・・」
「若返ったんだわ。あの桃のせいで」
「そうだ。そうに違いない」
青年と少女は抱き合った。
青年は、股間にみなぎる力を感じた。
これまで用足しにしか使わなかったそれが、天を突くように持ち上がり、邪魔なくらいだった。
「あら、まあ」
少女はふんどしの脇から生えるたくましいそれを見て顔を赤らめた。
「なお・・・」
久しく、口にしなかった、妻の名を青年は呼んだ。
もう忘れかけていたのに。
「あなた・・」
いつも「お爺さん」としか呼んでいなかった彼女も応じた。
初めてのように、互いの口を吸いながら、せんべい布団に倒れ込んだ。
少女の胸は、あの桃のようだった。
少女の谷間は、あの桃の汁のように甘かった。

二人は、その夜に結ばれた。
幾度も、青年は少女と交わり、溜まっていたものをすべて吐き出したかのようだった。
少女も、めくるめく快感に酔いしれ、忘れていたものを取り戻したようだった。
そして遅い朝を迎えた。

やがて、少女の腹が膨らんできた。
青年は、少女をいたわり、これまでにも増して、よく働くようになった。

次の年の春、少女は元気な男の子を産み落とした。
二人は、赤子に桃太郎と名づけて、大切に育てた。

続く・・・かな?