この話はケアマネージャの牛山恵美子(仮名)さんから聞いた話をもとにつくりました。

わたしは、施設付きケアマネージャになって五年目になります。
いろいろな利用者様ご家族とお付き合いをさせていただき、風変わりな体験もいたしました。
このあいだ、世間様にはお話するのも憚(はばか)られるようなこともありました。

私の担当している利用者様に福田喜栄(きえ)さんという喜寿(七十七歳)を迎えたばかりの認知症の女性がいらっしゃいます。
私どもの施設は小規模多機能といって、認知症患者様向けの一時預かりを、場合によってはお泊りもできるような、認知症患者ご家族の負担軽減のための施設だと思ってください。
ですから、デイサービスのように早く帰宅させてしまうことや、ショートステイのように条件が厳しいものではないので、年中無休でいかなる時間も対応できる意味で「多機能」なのです。

喜栄さんは、当時四十八歳の息子さんと二人暮らしでしたが、認知症が進み、徘徊(はいかい)や暴言がひどくなり、会社勤めの息子さんの介護負担が増し、当施設を利用することになったのです。
それが、今から三年前のことでした。

ケアマネは、ご家族のお住まいに毎月おじゃまして、ケアプランなどや、ご利用の上でのご不満、ご意見をお伺いすることになっています。
福田様のところにも毎月伺いましたよ。
息子さんの辰雄(たつお)さんは、やさしい人で、お父様を早くに亡くされて、喜栄さんと二人で暮らされてきました。
母子家庭だったんですね。
結婚もせず、なんとなく母親に甘えて不自由なく、暮らしてきたんだと辰雄さんは冗談交じりにおっしゃいます。
いい女(ひと)がいなかったのかと問うても、笑ってはぐらかされるばかりで、はっきりしたことはおっしゃらないのです。
お仕事は工務店勤務だそうで、建具(たてぐ)とかそういったものを作る職人さんだそうです。
最近は、不景気のあおりで仕事が激減して、お母さんの障害年金を宛てに生計を立てることもしばしばだと聞きます。

私でさえも、年の近い辰雄さんの人柄に惹かれるものがありました。
私には夫もいるし、息子もいます。
ただ、夫は九歳も年上で昨年、還暦を迎えました。
だからというわけでもないのですけれど、あまり、会話もないんです。
夫は、もともと、口数の少ない仕事人間でしたので、いまさら何を話すのだ?と言われかねませんでしたが・・・
息子は結婚して愛知に住んでますので、夫と二人っきりの家庭はどこか無味乾燥な感じでした。

そんな自分の心の隙間もあったのでしょうか。
利用者家族と親密な関係になることは決して許されることではないのです。
それなのに・・・

何度目かの、訪問の時でした。
その日は雨の土曜日だったと思います。
蒸し暑い日でした。

辰雄さんと一通り、ケアプランのお話や、お母様のご様子などをお聞きして、会話も途切れたころ、
「牛山さん」
「はい?」
辰雄さんの訴えるような目が私を見つめています。思いつめたような・・・
「おれ、このまま、終わっちゃうのかと思うとね」
「・・・」
「おれさ、こんなこと言っていいのかわからんけど、童貞なんだよ」
私は、その言葉に凍りついたようになりました。
「あのさ、牛山さんは、御主人もいるんだから、わからんだろうけど、男の一人暮らしは切ないもんなんだよ」
独り言のように、冷めたお茶の入った湯のみを見つめながら言うのです。
私は、どきどきしながら、彼の話を聞いていました。
「手だけでいいんだけど、やってくれないかな」
懇願するような目
「あの、何を・・・」
私は、しかし、彼の要求が何であるかは察していました。
「だから、牛山さんに手でしこってもらいてぇんだ」
そう言って、テーブルを回って隣にやってきたのです。
「えっ?あたし、でも・・・」
「知らないわけじゃないんだろ?御主人ともやってんだろ?」
そんな下卑(げび)た言い方をする方じゃないのに、今日はどうしてしまったのだろう?
どうにも抵抗できない状況でした。
外の雨あしが一段と激しくなったようでした。
お母様は奥で寝ていらっしゃいます。
私は、決心しました。
「いいわ、手だけですよ」
「ありがとう。ここでするかい?それともおれの部屋でしようか」
「辰雄さんの好きなところでいいです」

初めて、辰雄さんの部屋に入れてもらいました。
お母様の部屋とは廊下を挟んで向かい側になります。
いつもふすまが閉まっているので中は見たことがなかったんです。
畳の部屋に応接セットが入れてあって、狭かったけれど、本棚とかにびっしり本が並べられ、散らかってはいませんでした。
「ここに座ってよ」
そう辰雄さんは指示しました。
私は、ソファに腰掛けてこれから起こることが恐ろしくて胸が高鳴りました。
辰雄さんは濡れティッシュを持ってきて、私の横に座りました。
「いいかい?」
「はい」
ズボンのベルトを外す金具の音が妙に響きます。
トランクスも取り去られ、私は夫以外の男性器を目の当たりにしました。
それは、元気なく垂れ下がり、白髪の混じった陰毛の中に半分隠れておりました。
「ちょっと、元気ねえけど、すぐに立つから・・・ちょっとこれで拭いて、さわってくれねぇか?」
濡れティッシュを、私は一枚取って、そのだらりと下がった器官を拭いたのです。
かつて、夫に教わったことを思い出しながら、辰雄さんの性器をしごいてみました。
「ああ、いいよ。牛山さん」
目を閉じて、彼はうっとりとした表情で言いました。
でも、肝心のお道具は硬くなりません。
始めよりは、硬くなっているんですけれども、夫のようには硬くならなかったんです。
私のやり方がまずいのでしょうか?
「だめだな、緊張して、立たないな」
すまなさそうに、辰雄さんがつぶやきました。
童貞ということは、女性に触ってもらったこともないということでしょうね。
それなら、なかなか緊張してしまって、硬くならないのでしょうかね。
まして、こんな倫理的に問題のある行為をしているのですからね。
私は、でも、なんとか気持ちよくなってほしいと思いました。
夫からは、フェラチオなんてものもやらされたことがありました。

「辰雄さん、じゃあ、お口でしてあげる」
そう言うしか、この場合、ないような気持ちでしたので。
「え?そんなことまで」
「だって、このままじゃ、辰雄さんもやりきれないでしょ」
「まあ、でも悪いよ」
「いいのよ。辰雄さん、お母さんのことでずっと我慢してきたんですもの。少しくらい、いいことがないとね。こんなおばさんで申し訳ないけど」
あたしは、そう言って、彼を口に含みました。
「牛山さん・・・あんたって人は。おばさんなんてことないよ。おれとどっこいじゃないか・・・」
感極まっている辰雄さんでした。
私は急に辰雄さんが不憫で、愛おしく思えてなりませんでした。

口の中の肉の棒がゆっくりとですが硬さを増してきて、大きくなってきました。
じゅぼ、ちゅば、ちゅば・・・
夫に教えられた、フェラチオを思い出しながら精一杯、技(わざ)を駆使します。
夫よりもいくぶん細い辰雄さんのモノは、私の口にはちょうど良かった。

完全に勃起したとは言えないけれど、最初の姿とは見違えるほどに大きくそそり立っています。
辰雄さんはじっと、私のしゃぶる顔を見つめています。
その目は怖いくらいに、見開かれていました。
「どうです?」
「ああ、すばらしいよ。こんなの初めてだ」
「うふ・・・」
そう言いながら私も濡れてくるのが感じられました。
こんないやらしいことは、ここ十数年なかったことですからね。

生理も滞りがちになり、そろそろ閉経する年齢でもありました。
更年期特有のイライラやほてりなんかも経験していました。
でも、こんな私でも、今は男の人を満足させてあげようとする喜びを感じていました。
まだまだ、私にも女の魅力があるんだという自信が湧いてきたのです。
舌を細かく這わせて、亀頭を攻め、吸い付き、また深く呑み込むように、むせそうになるまで奥に吸い込みます。
じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ・・・
唾液で辰雄さんのモノは濡れそぼり、糸を引いていました。
陰嚢のほうまで唾液が垂れ、ソファの布地を濡らしています。

「あ、あう、おれ、出すよ、出すよ」
私は、頭でうなずいて、出していいよと合図を送りました。
辰雄さんは真っ赤な顔をして、息も荒く、腰をせり上げながら、絶頂に備えます。
「うううあっ!」
熱いほとばしりが私の口の中に満ちて、その塩素系漂白剤に似た香りが鼻に抜けました。
外にこぼさぬように口から辰雄さんを抜き、濡れティッシュに精液と唾液の混じった大量の液体を吐き出しました。

「ありがとう、牛山さん」
「よかったですか?」
「ああ、とっても。ほんとにすまないことをしました・・・」
照れるように笑う辰雄さん。
そのとき、後ろで音がしました。
振り向くと、お母様が立ってらして・・・
ふすまがちゃんと閉められていなかったんです。

一部始終をご覧になったのだと思います。
「か、母さん」
辰雄さんもびっくりしています。

しかし、喜栄さんはなにも言わず、にっこりと笑って自分の部屋に戻られました。