珍しく、藤堂からメールが入った。
「なおぼんさん、お元気v( ̄∇ ̄)v 明日の土曜日ロケハンに付き合ってもらえませんかねーm(_ _)m」
だと。

「明日かぁ・・・」
旦那は、小規模に行ってもらうとして、Kちゃんは部活やから来ないし、北川君も当分来ないと言うてたし・・・
なんとかなるな。

「いいよ。どこで待ち合わせ?晩の六時までには帰りたいな」
と返信した。

しばらくして、着信があった。
「了解です。伏見桃山駅前の鳥居付近に朝の十時半ね♥」
ハートマークはやめてくれんかな・・・

御香宮(ごこうぐう)さんの大鳥居なら、ギャラクティカ企画のほん近所だ。
あたしんちからは不便だけど、まあ、行けなくはない。

ギャラクティカ企画のAV撮影はホテルとかマンションの一室を借りての段取りが多いのだけど、ごくたまにロケハンをやる。
とくにあたしの脚本は田舎が舞台の、泥臭いのが主なので、夏の青草茂るこの時期が撮影にもってこいなのだ。
たぶん、「限界集落」シリーズの第一弾を藤堂はやるつもりなのだ。
あたしは、できるだけ、自分の作品の撮影には関与したくなかった。
もう手の離れたものに対して、どうこう口を出したくないし、意見を求められても言いたくないのだ。
プロでもないあたしが、現場にいても、なんか場違いな気持ちがあって・・・
うまく言えないが、つまりそういうことだ。

翌朝、約束の時間に鳥居の下にあたしは立っていた。
大手筋のほうから、黒のエルグランドが登ってくる。
藤堂の車だ。
あたしの前で、そいつは止まった。
後ろのドアがスライドして、中から西岡とかいう、助手の男の子が「おはよーござまーす」と、ノリのいい声で挨拶する。
「おはようさんです」
あたしは、頭を下げて、車に乗り込んだ。
運転席の藤堂監督もキャップを被ってサングラス姿で「おはよーさんです」と挨拶してくれた。
助手席には坂本助監督、後ろには女優さんらしい女性、もう一人、知らない男性が乗っていた。
あたしは、軽く会釈して席についた。
「ほな、行きましょか」と監督。
坂道を車が登っていく。
国道24号線に出るのだ。

女性は田口れい子と名のった。
やはり、今回の撮影の女優さんだそうだ。
年齢は四十半ばということだ。
「限界集落」の農家の後家さんという設定だから、ちょうどいい年の頃だ。
りっぱな胸が車の振動を受けて揺れている。
年の割に、えらい薄着なのだ。まあ暑いからねぇ。
で、お隣の男優さんが「須田浩二」役のセンザキシュウと名のった。
どんな字かはわからない。

「西岡君は出演しないんだ」
と、あたしは訊いた。
「もう、こりごりですわ。なっかなか立たへんもんですぅ」
一同、大笑いした。

車は国道を南下し、宇治市、城陽市、井手町と抜けて、どんどん奈良県に近づいていく。
途中のコンビニで休憩して、スタッフは打ち解けていった。
れい子さんは「玲子」と書くそうで、こういう仕事は四回目だと言う。
もともと端役ばかりの大部屋女優で、結婚して仕事を辞め、子供も独り立ちしたので、またカメラの前に立ちたいと思ったそうだ。
それで、藤堂監督の知り合いの紹介でギャラクティカ企画の仕事にありついたのだった。
「でも、ポルノでしょう?抵抗なかった?」
あたしは、ずけずけと訊いてやった。
彼女も、スタッフに女のあたしがいることでとてもリラックスして語ってくれた。
「そりゃあ、びっくりしましたよ。この会社がそういうものを専門にしてるなんて、最初は聞いてませんでしたから」
「だろうねぇ。よく思い切ったわね」
コンビニアイスコーヒーをストローで吸いながらあたしが言う。
「藤堂さんが上手に、乗せるんですよ」
「あの人、口がうまいからねぇ。ジゴロよジゴロ」
あはは、と屈託なく笑う玲子さんでした。
「なおぼんさんは、このお仕事、長いんですか?」
「ううん。去年からだよ。大手筋の飲み屋で監督と知り合って、そのまま・・・」
「今回の脚本をお書きになったとか」
「ま、ね」

車は奈良まで行かず、木津川市から山間部に入って、廃村のようなところに入っていった。
「この辺、いいだろ?限界集落って感じでさ」
と監督。
「そうね。すごい田舎だ。人、住んでんの?」
「いや、見ないな」
がったんがったんとエルグランドが揺れる。
頭を天井で打ちそうになる。

あたしと同年代の坂本助監督が、地図を片手に、
「いやね、おれ、バードウォッチングが趣味でこの辺によく来るんだよ。そんときに見つけたんや」
そう教えてくれた。
坂本さんは、ブルーフィルム時代に思春期を迎え、この道に入ろうと決心なさったという筋金入りのポルノマンだ。
でも助監督に収まっている。
「おれは、監督向きじゃないんだよ」
と、いつだったか打ち上げパーティでグラス片手に言ってたっけ。
で、若い藤堂監督の腕を高く買っているのも坂本さんなのだ。

男優さんは「先崎秀」と書くんだって。
「かっこいい名前だね」って言ってやったら、
「芸名なんですよ。ほんとは、石川守(まもる)って言うんです」
だって。
「だれがつけたの?」
「藤堂監督ですよ」
「へえ」
「おれ、初めてなんです。こんな仕事」
「あらそう。大変よぉ。おちんちん、立つかなぁ」
「それが心配で・・・」
また、一同が笑う。

どうも、これは大変な撮影になりそうだった。

前方に、おあつらえ向きの茅葺き農家が見えてきた。
「あれだよ。家主が自由に使ってくれってさ」
助監督が言う。
話はすでについているようだった。

まわりは畑のようだが、かなり荒れていて、作物らしきものはまったくなかった。
まさに「限界集落」そのものだった。