ぼくたちの街は琵琶湖の東岸、いわゆる「湖東」に位置している。

春は、湖面に映る桜の並木と、土手の菜の花の黄色が映えて、子供でなくても、はしゃぎたくなる季節だ。
親友の篠崎健一とぼくは、この春から中学生になったのである。
今日は入学式なのだ。
「詰襟(つめえり)」を着た自分たちが、見違えて、気恥ずかしい反面、誇らしくも思えた。
上級生のような「着くずし」にはまだまだで、借りてきた衣装のようにどこかちぐはぐなところがあったけれど、この間までの小学生だった自分たちが、もはや遠いものとなったように思えてならない。

湖岸道路を篠崎と歩いていると、向こうから背の高い、女の子がやってきた。
マリアだった。
このあたりは、日系ブラジル人や、本当のブラジル人も多く住んでいる。
マリアも、お父さんがブラジル人で、お母さんが日系ブラジル人だったはずだ。
この街の自動車部品工場でご両親は働いていると聞いている。
そしてぼくらは六年生で同じクラスになり、彼女も同じ中学に上がった。

「やぁ、マリア」
マリアもセーラー服姿で、見違えた。
真っ白なタイがまぶしい。
束ねた、少しくせのある長い髪と、厚い唇、コーヒー色の肌・・・日本人離れした容姿は遠くからでも認識できた。
「山下くん、篠崎くん、おはようゴザイマス」
ぺこりとお辞儀する、マリア・ナカシマ・アントニオ。お母さんの名と、お父さんの名がついて、長い名前なのだ。
でもぼくたちは、「マリア」と呼んでいる。
日本語がずいぶん上手になったと思う。

マリアと篠崎が並んで歩き、ぼくは少し離れて後ろをついていった。
マリアは背が高く、なんだか一緒に歩くのが気が引けたのだ。
篠崎は彼女と同じくらいの背丈だったので、まあ、お似合いって感じだった。

マリアの髪から、いい香りが風に乗って、ぼくの鼻に届く。
彼女はいつも、おしゃまさんで、大人びたしぐさをし、同年代の女子とはまったく違った、雰囲気をかもし出していた。
ぼくは、最初に会ったときから、マリアに「一目惚れ」っていうのか、特別な感情を抱いていた。
そして、さらに美しくなった彼女がぼくの前にいる。

「シノザキくんは、クラブ活動は何にするの?」
マリアが篠崎に訊く。
「あ、おれ?そうね、野球かな。べ、ベースボールよ」
「オウ、ベースボール、イイネ。ヤマシタくんは?」
振り返ってぼくに同じことを訊く。
「まだ、考えてないよ。マリアは?」
「アタシ、チアリーディング」
「あるか?そんな部活」
と、ぼく。
「ナイカ?」
「田舎だからな。なあ、篠崎」
「え、あ、うん。そういうハイカラな部活はないんじゃないか?」
「ハイカラ?ナニソレ」
「う~ん、どう言ったらいいかな」
篠崎は頭をひねっている。
ぼくは、おかしくって笑ってしまった。

中学の正門前で、自分たちの親と合流し、記念撮影をしたり、しばらく談笑した。
元クラスメイトとは、卒業式以来の顔合わせで、そんなに日が経っているわけではないのに、なんだか懐かしい気がした。

マリアのお母さんも来ていた。
日本人の血が入っているというが、ぼくにはどうみてもブラジル人に見えた。
胸がドォンという感じで、スカイブルーのスーツの前がはじけて、笑うたびにゆっさゆっさとゆれている。
「でっけぇ」
「な」
篠崎と顔を見合わせる。
娘のマリアにもその兆しはあった。
すでに、ゆれるような胸が、新品のセーラー服を押し上げていたのだ。
同じ新入生の女の子で、そんな胸の子は太っていない限りいなかった。

マリアは、半分以上「外人」なのだ。
それは、仕方のないことだった。
そして、他の小学校からもマリアのような子が何人か来ているはずだった。

「サッカー部なんか、やつらの独壇場だよな」
「うん」
ぼくは、他校から来たブラジル系の男の子の集団を横目で見ながらうなずいた。
ぼくもサッカーが好きで、ほんとはサッカー部が気になっていた。
ぼくらは、そのまま人ごみにもまれ、父兄とは別れ、式場に流れていった。

体育館は独特の匂いがあった。
通いなれた小学校のそれとはまったく違う匂いがした。
青春の汗の匂い・・・だろうか?

椅子が整然と並べられ、舞台には演台とマイク、花瓶に活けられた花束、入学式の横断幕、校旗と日の丸が目に入る。
上級生たちが拍手でぼくらを迎えてくれた。
ぼくたちは、身の引き締まる思いがした。

その夜、ぼくは夢を見た。

マリアがぼくに、「話があるから来て」と、ぼくの手を取る。
裏山の雑木林に二人して入り、頂上付近の開(ひら)けた場所に出た。
下には琵琶湖が霞んでいる。
「ヤマシタくん、あたし」
ぼくは、マリアが何を言おうとしているのか、わかっていた。
だから・・・
「キスしていいかい?」
「うん」
マリアはためらわなかった。
あの、厚い、ぷっくりした唇が目の前にある。
ぼくは舌を出して、それを舐めた。
マリアがぼくのズボンの中に手を入れてくる。
「なんで?そんなところ」
「いいじゃない。好きなんだから。好きな人のここを触るのは、当たり前なの。ママもパパのここを触っていたもの」
「じゃあ、触って」
ぼくは腰を突き出した。

大胆なマリアの手は、ぼくのズボンはおろか、パンツの中まで入ってきて、自在にまさぐった。
もう硬くなったぼくの分身は、マリアの手でしごかれた。
マリアはその間もぼくの口を吸い、甘い熱い息を吹きかける。
よく見ると、素っ裸のマリアのママに変わっていた。
場所も、何度もおじゃましたことのあるマリアの家の居間になっている。
マリアのママが、巨大なおっぱいをぼくにおしつけて、ぼくを赤ちゃんのように抱きかかえる。
いつのまにか、ぼくも裸になっていた。
勃起したペニスは、笑顔のマリアのママに握られている。
自分のものではないような、太く大きなペニスだった。
それは、濡れたレンコンのような感じだった。

ぼくは、苦しいくらいに興奮して頭痛を覚えた、そして体に何かが起ころうとしていた。
それが何かはわからなかった。

男女が裸になって、こういうことをする・・・それは「セックス」だ。

ぼくは、今、それをマリアのママとしようとしているのだ。
ママは、いつしかマリアにもどっていた。
でも体は豊満な母親のものだった。
「ヤマシタくん。ヤマシタくん」
マリアがぼくの名を呼びながら、大きな胸を揺らしてセックスをしているのだ。
ただその肝心な「部分」がぼんやりしていて見えなかった。

突然、ぼくは痙攣がおこったようになり、体内からなにかがほとばしったように感じた。
言いようのない快感にみまわれ、何度もつっぱるような感覚があり、ゆっくり目が覚めた。
霧が晴れるように、マリアも、ママの体のパーツも、視界から消えていき、見慣れた蛍光灯と天井が映った。
「ああ。やっちまった・・・」
ぼくは、息をつき、汗みずくのパジャマが貼り付いて、不快だった。
でも、明らかに、マリアとぼくはエッチなことをした夢を見たし、かなり強く記憶に残っている。
「うん?」
もっと不快なことに、股間がじっとりと濡れていた。
「うあ・・」
湯気が立ちそうな、湿り気でパンツが汚れ、パジャマのズボンにもシミができてしまっていた。
「これは・・・」
知識としては知っていた。
青臭いような、独特のにおいが股間から立ちのぼる。
毛も生えていないペニスはぬらりと光って、縮こまっていた。
パンツの内側を触れば、糸を引くような白い粘液が指に付いた。
初めて己が排出した精液は膿を連想させた。
『夢精』・・・それも初めての射精・・・『精通』という・・・
ぼくは、そういう授業が、小学校卒業間際に行なわれたことを思い出していた。

「どうしよう?マリアを夢で見て、夢精をするなんて」
急に恥じらいがぼくを襲い、着替えようと箪笥に這い寄った。
「寝小便じゃないんだからな」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「大人になったってことだ」
篠崎が「夢精」を経験したと去年の夏に言ってたから、さほど驚きはしなかった。
むしろ、彼に追いつけたことがうれしかった。
汚れたパンツは、便所にいくついでに、風呂場に寄ってそっと他の家族の洗濯物にしのばせた。
外はまだ、夜が明けていなかった。

そしてこの時から、「自分で」するようになったのは、言うまでもない。
マリアやマリアのママを思い浮かべて・・・