あたしは、初めて親に嘘をついて、旅行の準備をしていた。
「由紀子は、うれしそうね」
あたしが、着ていく服を選んでいるときに、母が洗濯物を運びながら声をかけてくれた。
「だって、久しぶりに夏美たちと会うんだもん」
あたしは、嘘をついている。
高校生時代からの友人である、夏美や佳奈とディズニーランドに行くということになっているのだ。
その後ろめたさを感じつつも、後藤祥雄(さちお)との一泊旅行への期待感のほうが強かった。
優しい母や、父を裏切ってでも、あたしは祥雄との時間を大切にしたかった。
父も、心配そうだったけれど、新幹線の切符の買い方とか、時刻表の見方とかを教えてくれた。
「おまえも、十九だから、それくらいのことはな」
と、言いながら、あたしを信じてくれているようだった。
初めて、男の人と旅行をする・・・
とてもそんなことを言える雰囲気ではなかった。

三ヶ月ほど前、祥雄の部屋で過ごした時、
「ディズニーランドへ行こうか」
と持ちかけられた。

あたしたちは、知り合って、ようやく半年が過ぎようとしていた。
あたしにとって、初めてのボーイフレンドだった。
彼は、自動車の整備工として市内の日産に勤めており、自活していた。

毎月、市の図書館で開かれる児童文学の同好会の例会で知り合い、お茶に誘われたり、食事をするようになって、関係は深くなっていった。
例会は年配の会員が多く、あたしたちのような若い参加者はとても大事にされ、「二人はお似合いよ」とまで言われると、なんだか、その気になっちゃって・・・

何度が会ううちに、当然、彼から体を求められた。
嫌われるのが怖くて、あたしは、許した。
最初は、彼のワンルームでだった。
ただ、早く終わって欲しいだけで、耐えた初体験。
激しく、あたしは処女を奪われ、痛さをこらえた。
その日は帰宅しても、父母の顔をまともに見ることができなかった。

旅行の話が出た時には、あたしたちは彼のベッドの中にいて、何度目かの行為の後のことだった。
「どう?ゴールデンウィークなんか」
「うん、いいよ」
「いいのか?」
「だいじょうぶだよ。お友達と旅行に行くって言えば」
「女同士ではよく行くのか?」
「あんまり・・・ていうか、一回しかないけどね」
あたしは、高二の夏休みにクラスメイトと小豆島のユースホステルに二泊三日で海水浴に行ったことがあった。
「お父さんとか、許さないんじゃないか?」
「そうでもないよ。うちの父さん」
「でも門限とかあるんだろ?」
この間、居酒屋に祥雄と一緒に行った時、門限の十時を過ぎたので、父からお目玉を食らったことをしゃべったのだ。
「どこの家だってあるわよ。女の子ならね」
「ふうん。じゃ、決まり」
そういうと、起き上がって、またクンニリングスをしてきた。
あたしには、こういうところを男の人が好んで舐める気がしれなかった。
でも、その気持ちよさが、癖になりつつあった。
「ああん、そこ、弱いの」
ぺちょ・・ぺちゃ・・
ことさら音を出すようにして、祥雄がクリトリスを舐めあげる。
「ふふ、由紀子も好きになったろ?これが・・・一人ではしないのかい?」
「し、しないわ・・・くっ」
あたしは、腿(もも)で祥雄の頭を挟むようにして、快感にもだえた。

あたしは女子高を出て今の信用金庫に勤めたけれど、ボーイフレンドとか、恋愛ということにはまったく縁がなかった。
女の子同士でそういう話はしても、週刊誌情報程度のもので、いたって子供っぽい内容の会話だった。
だから、いやらしい性行為の知識はみな、一つ年上の祥雄から伝授された。
男性器を見るのも祥雄のものが初めてであり、そのグロテスクな生き物が、今は愛おしくてしかたがなかった。
今では「舐めろ」と言われなくても、口にふくむことにさほど抵抗を感じなくなった。

いつだったか、あたしの前につきあっていた彼女がいたことを告白してくれた。
その人は彼より一回りも年上で、人妻だったんだそうだ。
彼も、その人が初めての女性で、いろいろ「教わった」と自慢気に話してくれた。

「ああっ、いやっ!」
ぎゅうっと体がこわばって、飛び出しそうになる。
祥雄の舌が、膣を拡げ挿入を企てている。
はぁ、はぁ、はぁ・・・
春はまだ始まったばかりで、暖房を効かせすぎのきらいはあったにせよ、あたしは汗みずくで、肩で息をしていた。
「激しいね。じゃ」
そういうと、胎内に硬いものが侵入してきた。
祥雄が勃起を突っ込んできたのだった。
深い・・・
音にならない低音が胎内を打つ。
ゆっくりと、祥雄が動いて、あたしの表情を確かめながら、自分も高まっていこうという寸法。
今日二度目の交わりは、濃厚だった。
男性の欲望は憤怒に似て、嵐のようにあたしを襲うが、二度目のそれは、凪のような平穏であたしをたゆたわせる。
イル・デパンの渚に漂う真白な小舟・・・そんな景色が行ったこともないのに脳裏に浮かんだ。
※イル・デパンはニューカレドニアのリゾート地(島)

数日後、あたしは、嘘を信じた父に教えられて、初めて新幹線の切符を買った。
彼と二人分の指定席。
祥雄は、ブライトンホテルの予約を取ってくれた。
ディズニーランドの二日券込みのパッケージだそうだ。

あたしは、棚の小物を入れている抽斗(ひきだし)を開けた。
「あれ?」
前にラブホテルから失敬してきた避妊具が見当たらなかった。
旅行にはぜひとも持って行きたかったのだ。
危ない日だし、祥雄があまりつけたがらないので、ああいった普通のホテルじゃ、手に入りにくいだろうし。
「でも、なんでないんだろう。あたしの勘違いだったのかな・・・」
あちこち探したが結局、見つけることはできなかった。
「ま、いいや・・・」

翌朝、あたしはいつもより早く起きて、身支度を整えていた。
髪は、みどりの日(旧天皇誕生日(当時))に予約してカットしてきた。
シニョンで流行りの髪型だった。
「由紀子、ニュースで言ってたけど、すごい混雑らしいよ」
母が朝食の準備をしながら知らせてくれた。
「いやあねぇ。ま、指定席だから」
「よかったわね、早くに取れて」
「うん。お父さんのおかげ」
父は、土曜日は出勤なのだ。
もう出かけてしまったらしい。空いたコーヒーカップがそれを証明していた。
「由紀子・・・あなた、これを持って行きなさい」
母がエプロンのポケットから出したのは、ほかでもない、あたしが探していたコンドームだった。
「あ・・・」
「あなた、これ、隠してたでしょ。ごめんね、勝手に触って」
「母さん・・・」
「彼と行くんでしょ?」
「知ってたの?」
「わかるわよ。女同士だもの」
「父さんは?」
「気づいてないよ。たぶん。内緒にしておかないと、大変なことになるわよ。お父さん」
「ごめんなさい」
あたしは、母に謝った。
「でも、母さん・・・いいの?行っても。あたし・・・」
「好きなんでしょ?彼」
「うん」
「楽しんできなさい」
「ありがと・・・母さん」
あたしは、胸がいっぱいになった。
朝ごはんのトーストの味もわからなかった。

京都駅は観光客でごったがえしていて、待ち合わせの八条口はすごい人だった。
九時前には新幹線の切符売り場前にいかなくてはと、あたしは腕時計を見つつ旅行かばんを肩にかけて人をかき分けた。
背の高い後藤祥雄が柱の陰で手を挙げる。
「後藤さん!」
「ゆきちゃん。おはよ。間に合ったね」
「すごい人ね」
「ゴールデンウィークだからね」
「これじゃ、東京もすごいことになってるかも」
「まぁね。行こうか」
「うん」
あたしは、彼の腕につかまって、改札に向かった。
切符はジャケットのポケットに彼のと二人分が入っていた。
「はい、切符」
「おう。これがないとね」
ホームも人で埋まっていた。
「座れるかしら・・・」
「指定席だから、大丈夫だよ」
ひっきりなしに「ひかり」や「こだま」が入線してくる。
分単位のダイヤの過密に、あたしは目を回した。
「さ、次のひかりだよ」
「楽しみぃ」
「遠足に行く小学生みたいだな」
「ほんとそんな気分よ」
京都で降りる人も多かった。
通路に滑り込み、切符を見ながら窓際の席を見つけた。
「ユキちゃん、荷物、貸しな」
「はい」
祥雄はあたしのバッグを軽々と持ち上げ棚に押し込んだ。
すぐ使うものはポシェットに入れている。
もう、ひかりは走りだした。
「滑るように走るのね」
「ああ」
席に落ち着くあたしたちは、向き合って、微笑んだ。
こうして、ずっと歩いていけたらいいなと思った。
「まるで新婚旅行だね」
「そうね」
あたしは、頬が火照ってくるのを覚えた。
いつも一緒の彼なのに、なんだかドキドキしていた。
混み合っていて車内販売は中止する旨の放送があった。
乗車率は当然、100%を超えていて、通路にも人が溢れている。
なんだか申し訳ないような気がしていた。
「いいんだよ。ちゃんとお金を払っているんだから」
察した祥雄があたしに耳打ちした。
難儀して車掌が検札に来る。
無事、検札を終えてあたしたちは、おかしを食べたり、買ってきた缶コーヒーを飲んだりして車中の旅を楽しんだ。
「ほら、富士山だ」
青い富士は、近くに見えた。
あっという間に東京に着いた。
初日は新幹線で午前中に東京に入り、そのままメトロで浦安に向かった。
※ごめん、1993年当時は東京メトロじゃなかったはずよね(なおぼん)。わからんのでこのまま・・・

ブライトンホテルは浦安駅の駅前だった。
祥雄は一度来たことがあるのか、迷わず地下街を進み人混みをかき分け、はぐれないよう、あたしはついていくのに必死だった。

チェックインはせずに、直接、お目当てのディズニーランドに向かったのだ。
聞きしに勝る、すごい人混みだった。
入るのに、まず並ぶ。
入ってから、アトラクションにまた並ぶ。
最後尾がどこだかわからず、お腹も減るし、途方に暮れた。
二時間待ちがいちばん短いそうだ。
やっとのことでピザとポップコーンを買い、ベンチでぱくついた。
「高いよね」
「うん」
なんでも高いのには驚きだった。
スプラッシュマウンテンとディズニーギャラリーしか楽しめず、夕食はレストランでカルボナーラを並んで食べて、エレクトリカルパレードと花火の打ち上げを見てやっとのことでホテルにチェックインした。
「ふあ~疲れたぁ」
「風呂、入ろうぜ」
「うん」
彼がお湯を溜めてくれて、あたしたちは、しばらくベッドに倒れこんでしまった。

(つづく)