まだ生理の来る前のあたしは、男の子といっしょになって、暗くなるまで遊んでいた。
同級の女の子が近所に少なかったという事情もあった。

でもあたしの住んでいた借家の大家さんの娘さんがよく遊んでくれた。
ゆらさんと呼んでいたわ。
ゆらさんは、あたしより七つほど年上のお姉さんで、セーラー服のよく似合う「やまがたすみこ」みたいなひとだった。
淡い光をまとったような、やさしい雰囲気をいつもただよわせ、彼女のお母さんのように「ツンケン」した、口うるさいところがまったくない人でした。

手芸とギターが得意で、あたしを部屋に呼んでは、そういったことを披露してくれたんです。
春になると、田んぼの畦に名もない草花が咲き乱れます。
ゆらさんはモヘアのカーディガンを羽織って、まだ肌寒い中、しゃがんで花を集め、小さな花束をつくってくれるんです。
それはそれは可愛らしい、売っているような、でもどこにもない花束。
「なおちゃん、どうぞ」
「ありがとう、ゆらさん」
あたしは、夢のような時間をゆらさんとともに過ごしました。

でも、そんな日は長く続かなかった。
「なおちゃん、あたしね…」
「なぁに?ゆらさん」
あたしはよく聞き取れなかったので、聞き直したの。
「あたし、お嫁に行くんよ」
「え?」
あたしは、にわかにはその意味が分からなかった。
ゆらさんが結婚するなんてことは思いもしなかった。
だって、まだ高等学校に通っているじゃないの。
「あたしね、卒業したらすぐにお嫁に行くねん。だからもう、なおちゃんと遊べへんの」
「…」
「なおちゃん?」
あたしが止まってしまっているのをのぞき込むようにして、ゆらさんの悲しそうな笑みを浮かべた白い顔が前にあった。
今も覚えている。
「いや…いややっ!ゆらさん、行かんといて」
たぶんそんなことを口走ったと思う。

ゆらさんは、親の許嫁(いいなずけ)っていうのかな、どっかのお金持ちの息子さんのところに嫁いだんです。
ゆらさんが生まれた時から親同士で決めていたことだそうで、昔はよくあった。
でもね、あたしは、ゆらさんが好きな人と結婚してほしかった。
そんな、好きでもない人と一緒に暮らすなんて、あのやさしいゆらさんにはしてほしくなかった。

あたしが結婚に懐疑的なのも、そういった幼いころの体験が影を落としているのかもしれません。

あたしも結婚をした。
それはしたくてしたわけではない。
旦那がどうしてもしてくれって言うから…
彼を嫌いじゃなかったし、世間でも結婚するのが当たり前という風潮だった。
でも、苦労をしょい込むことになったのは結婚したからじゃないかと、頭をよぎる。
独り者だったら、きっともっと自由で、楽しい人生だっただろうなと。

結婚して子供でもいればこんなことは思わなかっただろう。
事情があって子供を作らない選択をしたあたしたちだったが、それでよかったのだろうかと六十を前にして思うこの頃である。

子供を作らないのなら、男と女が一緒にいる理由もない。
あたしはそう思う。
それなら愛人でいいじゃないかと。
体だけの関係なら、結婚なんて面倒なことをする必要がないではないか?

ゆらさんは幸せだったのだろうか?
実は、そうではなかったらしい。
ずいぶんあとになって、生前の母から聞いた。
嫁ぎ先の生活に合わず、子供はできたらしいが、精神に異常をきたして出戻ったそうな。
子供は取られ、三行半をもらって泣く泣く実家に帰ってきたと言う。
あたしは一度会おうかと思ったのだけれど、母が止めた。
「もう、以前のゆらさんと違うよ。会ったらがっかりするよ」と言うのだった。

あたしは、今も結婚に懐疑的である。
もしそういう相談を受けたら、「結婚はするな」とアドバイスしてしまうだろう。
生物としては失格の生き方だ。
科学的でもない。
でも、あたしは結婚には懐疑的である。