横山家は子爵という爵位をいただいている。
叡山の麓(ふもと)、修学院付近にに本宅を構え、周辺に保有する土地は数万坪を数える。
元は「堀川殿」の流れをくむ藤原家の支流であると伝え聞いている。
※叡山とは比叡山のこと。修学院は「離宮」のある付近の地名。

当主の横山高雄があたしの父であり、倫子(みちこ)が母である。
この広い屋敷に三人で暮らしている。
あたしは一人娘で甘やかされ、京都高等女学校を出て三高生(京大生)と浮名を流していたけれど、父も母も何も言わないで放っておいてくれている。
父からは「尚子(なおこ)、社会主義者と付き合うのはほどほどにせぇよ」程度の注意は受けたけれど…

父は「錦鶏間祇候(きんけいのましこう)」を拝命するなどしており、「名士の末席を汚している」と、豪放磊落(ごうほうらいらく)に笑い飛ばすのが常だった。
※錦鶏間祇候とは名誉職で貴族の勅任官。

あたしと、近衛家の浩爾(こうじ)とはいとこ同士であり、将来を誓った仲だったが、彼は陸軍に奉職し大佐として関東軍に参与していた。
※堀川も近衛も藤原氏の一派。
※関東軍は遼東半島、関東州租借地に置かれた日本陸軍の守備隊。以後、満州の防衛を担う。

庭師や門番とか、下女の類(たぐい)はみな、本宅屋敷の中に住まっていた。
一昨年、連れ合いを亡くした庭師の竹井佐五郎は六十過ぎの老人で、最近とみに老け込んで腰まで曲がってきてしまった。
門番の金ヶ崎豊三は、実家が御一新のころまで公家相手に馬喰(ばくろう)をやっていたとかで羽振りが良かったが、鳥羽伏見の戦いで家財を失い、高雄の計らいで当家の薪炭の世話をするかたわら住み込んでしまった。
だから、豊三は妻子と一緒に、うちの厩(うまや)だった離れに住んでいる。

そして、たった一人の下女は、父がもうせん祇園から引いてきた芸妓で、佐世(さよ)さんという四十前の女だった。
佐世さんのことでは、母とひと悶着あったのだけれど、家の恥になるので書かない。

しかし、十(とお)以上も歳の違う佐世さんとあたしは妙に気が合い、河原町あたりによく繰り出しては飲んで帰ってきた。

最初は「お嬢さま」なんて呼ばれてたんだけど、しまいに「堅苦しいことは抜き」とばかりに「佐世さん」「なおぼん」と呼び合う仲になった。

あたしは、丸善で知り合った帝大(京大)の後藤祥雄(さちお)と恋仲になっていた。
佐世さんにはなれそめを話していたが、両親には伏せてあった。

ただ、顔の広い父のことである。
祥雄がイノダなどで社会主義者とつるんでいるらしいことを父にご注進するおせっかいがどこにでもいるのだ。
父の耳には瞬く間に届いてしまい、しっかりと嫌味を言われる始末。
※イノダは京都では古いカフェーである。

父はそれでも「浩爾君と約束をしているのだから、間違いは起こすまい」とあたしを盲目的に信じ切っていた。
なのに浩爾よりも「大人」の祥雄に、あたしは惹かれていた。
幼い者同士の火遊び的な浩爾との初体験とはまったく違う、祥雄の余裕のある性技にあたしは翻弄されている。
伏見は「中書島(ちゅうしょじま)」にある陰間茶屋にしけこんで、肉体をむさぼる自堕落な逢引を祥雄と重ねるたびに、あたしは汚れていく。
どこに他人(ひと)の目があるかわからない狭い京都で、あたしは悪い遊びに耽(ふけ)っていた。
その点では佐世さんだって、負けてはいない。
父に愛想をつかした彼女は、祇園あたりの自分の慣れ親しんだ「遊び場」で若いツバメとダンスに興じているようだった。

金ヶ崎豊三には小学生の男の子がいた。
牛平(ぎゅうへい)という体の大きな子で、たぶん歳をごまかしているんじゃないかと思う。
声も変わり始めたところで、そこらの中学生といい勝負だった。
実際、近在のガキ大将であり、中学生ですら一目置かれる存在だと聞こえている。

秋の初め、すこしうら寒くなってきたころだった。
あたしが厠(かわや)でお小水をして、ほっとしたとき、ふと視線を感じたのである。
厠の壁は土で固めてあるが、なにしろ古いもので、あちこちこぼれて、竹の骨が見えている。
骨を透かして、こちらを凝視する牛平と目が合った。
「こらぁ」
「いけね…」
脱兎のごとく牛平が走り去った。
いつから覗いていたんだろう。
別に減るもんじゃなし、構やしないが、色気づいた牛平の目が怖かった。
そういう子と同じ屋敷に暮らしていると、お尻が落ち着かない。
あたしはさっさと腰巻を閉じて、着物を整えた。

その晩、佐世さんに昼間の一件をそれとなく話してみた。
「そうそう、あの子、あたしも覗かれたわ」
「佐世さんも?」
「お風呂を頂いているときにね、たき口の格子から覗いてやんの」
「やだぁ」
「鼻をすする音がするからさ、バレバレ」
「きゃはは」
「こないだなんか、ふんどしの脇から、おちんぽ出してしごいてんだよ」
「うわ。子供でしょ?」
「ううん、もうオトナよ、あそこは」
佐世さんの見たところによると、もう「毛も生え、剥けていて、大人のそれと違(たが)わない」持ち物だそうだ。
あたしは、なんだか見てみたい衝動にかられた。
祥雄との遊戯で男の体に少なからず興味を覚えていた。
あんな幼い子が、大人のモノをぶら下げているなんて…
しゃぶって、立たせて、弾けさせてやりたい…
どんな顔をするんだろう?
ませた顔をしていても、子供は子供なんだから。
「なおぼん?どしたの?」
佐世さんが、ぼおっと物思いにふけっているあたしを覗き込んできた。
「あ、いや、ちょっとね」
「なぁに?にやけちゃって。牛平の童貞を奪っちゃおうなんて考えてんやないでしょうね」
図星だった。

それから数日後、秋も深まった霜月のある日、母が火鉢を用意すると言いだした。
「ほな、おこたも」
「まだ早いんやない?」
「そんなん、いっしょやん」
いずれ出すのだからと、どっちも佐世さんと用意した。
納戸(なんど)と厩がつながっていたので、そこに直してある火鉢や炬燵(こたつ)をあたしと佐世さんで引っ張り出す。
すると、そこに牛平がふらりとやってきた。
「なんや牛平ちゃん、ヒマやったらてっとうて(手伝って)えな」あたしが声を掛ける。
「ええよ」
普段はあたしは着物を着ているけれど、今日はモンペ姿だった。
そのモンペの裾をゲートルで巻いている。
脚絆(きゃはん)をつけた大原女(おはらめ)のような恰好だと思えばいい。
佐世さんは流行りの長いスカートにフランス製のブラウスを着ていた。
火鉢は漬物樽の後ろに片づけてあって、女二人でやっとこさ下げてこられた。
「うわぁ、くもの巣がいっぱいや」
「ごきぶりでもおんのとちゃう?」
「いややで。出てこんといてや」
「出て来たら、おれがつぶしたる」と牛平。
「たのむよ」
やっとのことで表に出した。
次は炬燵だ。
「炬燵ってほんまにここに直した?」と佐世さんがつづらを一つずつ蚕棚から下ろして探す。
「たしか、直したと思うんやけど」
頼りないあたし。
「牛平ちゃん、ハシゴ使うから下で押さえといて」
「うん」
佐世さんが中二階の物置に登るつもりらしい。
あたしは布団を探した。
「うわっ、こわ」
ぎっぎっと古い木のハシゴが佐世さんの重みで軋む。
下で牛平がハシゴの端を押さえているがなんか変。
佐世さんのスカートの中を覗こうとしゃがんでいるのだ。
「こら、牛平ちゃん、何を見とんの」
あたしがたしなめると、
「なんもない」
としたり顔。
「佐世さん、この子、スカートの中を覗きよる」
「いややわぁ、おいど(お尻)丸見えやし」
たいがい、この時代の女性は着物やスカートの下にはなにもつけていないのだ。
あたしは炬燵布団を見つけ出し、なんとか土間の上の古畳の上に乗せた。
湿気の匂いがする。
炬燵も何とか見つけ出した。
「あとは炭団(たどん)やね。牛平ちゃん、お父さんに炭団をお願いするわ」
「うん、言うとく」
「なぁ、牛平ちゃん、あんた、またお風呂覗きよるやろ?」
「うんにゃ」
「うそつき!」
「え?」
「あたしの裸見て、おちんぽおっきして、しごいとったやろ?」
「そんなんしてへん」
引きつった笑いの牛平に、佐世さんがたたみかける。
逃げようとする牛平の着物の帯をつかんで炬燵布団の上に引き倒す佐世さん。
腕っぷしの強いのなんのって。
「見せてみ」
「いやや」
「はよ」
「いややて」
泣きそうになっている牛平を、あたしもにやにやしながら見下ろしていた。
「なおぼん、抑えて」
「わかった」
もう、こうなったら最後までお仕置きしたる。
バタバタともがく牛平を押さえつけて、あたしは着物をめくり、ふんどしを緩めた。
ぼろんと大きな玉と竿が転げでる。
まだ柔らかい。
蒸れたような匂いが鼻を突く。
驚くべきことに、ちんぽは剥けて、毛もちゃんと生えている。
祥雄と大きさこそ負けてはいるが、形はもう大人のそれだった。
今は知らないが、あのころの浩爾となら、牛平のほうが勝っているかもしれなかった。
「すごいね」
「ほら、こうしたら立ってくるやろ?」
佐世さんが牛平のちんぽを握ってしごく。
「ああ」
女子(おなご)のような声を上げて牛平がよがる。
「観念したか?」
「した」
こくりと頷く牛平がかわいらしかった。
「もう出るんけ?」
「で、でる」
「大人やな。歳、いくつね?」
「十二」
「ほんまにぃ?」
「ほんま」
「なおぼん、この子の童貞、もろたり」
「え?なんでぇ」
「ほしかったんやろ?」
「そんなん…」
「なおぼんのあと、あたしもいただくわ」
話がどんどん進んでいく。
牛平のちんぽは、隆々と起ち上って、反りあがっている。
四尺はあるやろか?
こんな子供で四尺もあるちんぽなんて気色悪いというか、なんというか…
「太いなぁ、あんたの」
「ちょっと育ちすぎやない?マセてんのはそのせいやな」
牛平は何も言わない。
ただ熱に浮かされたように、体をあたしたちに預けている。
「あ、あかん。出る」
「え?」
言うや否や、びゅうと青白い汁がちんぽからほとばしった。
びゅう、びゅう…
季節外れの栗の花の香があたりに舞った。
「うわぁ、たんと出ること」
「ほんまやぁ。こんな出されたら、孕んでまうわ」
「危ないなぁ」
肩で息をしている牛平である。
これでは童貞は奪えまい。
今日は勘弁してやることにして、帰してやった。