飛行機の好きな女は、淫乱だと誰かが言っていた。
あたしは「当たっているかも」と思っている。
飛行機の社会は男社会の典型で、そんな中に女が入れば、奇異の目、好色な目で見られるのは当然だったかもしれない。
いい地位を得るために「体」を利用したこともあった。
女である以上、仕方のないことだった。

フランス空軍は特に乱れていた。
ペタン政権になってから、軍紀の堕落が目立つようになった。
シャルル・ドゴール准将はペタンの腹心だと言われていたけれど、フィリップ・ペタン元帥の無能ぶりにあきれ果てて、イギリスに亡命し、「フランスリブレ(自由フランス)」なる新しい組織を作っているとロンドンBBCが放送していた。
航空戦力として微力すぎるフランス空軍は、ヴィシー体制以後、ドイツ空軍の指揮下に置かれるも、装備が貧弱だから大きな作戦には参加させてもらえなかった。
だいたい主体的に戦争に参加しているとはいい難く、アフリカ戦線や親枢軸国のスペインを介してジブラルタル攻撃の後方支援という形で物資を供給したりするのが主な任務と言ってよかった。
物資と言っても女とコンドームとワイン、パン、チーズ、エトセトラ…
ドイツ人といったら、品のないソーセージとジャガイモしか持ってこないのだ。
一度、フォアグラを数キロ持って行ってやったら、笑わない「SS(ナチス親衛隊)」たちが初めて、ニコニコしたと、うちの主査が言っていたっけ。

レジスタンス活動家のジャン・ルブランとの逢瀬が続いた1942年春、ペタンから一度副首相を解任されたピエール・ラヴァルが、ついにというか、漸く首相の地位に返り咲いた。
ラヴァルはペタン元帥がヴィシーで新政府を打ち立てた一昨年にペタン首相の副首相として協力的であったのに、この二人の関係は微妙だったようだ。
ラヴァルは打算的な男で、ドイツ占領を利用してフランスに有利に結果を誘導できるように親独派を演じ、反対にボルシェビズム(共産主義)を批判していた。
その「ラヴァルの犬」ブスケがヴィシーの警察長官となり、ユダヤ人をアウシュビッツ送りに拍車をかける。
彼は率先して、ユダヤ人狩りを行ったのだ。
去年の秋ごろから「レッドパージ(赤狩り)」も頻繁に起こり、あたしたちも危なかった。
ブスケがマルヌ県知事になったころだったと思うが、ドイツとは距離を置いていたはずの彼がレッドパージに血道をあげ、その後もどういうわけかユダヤ人の取り締まりに協力するようになってしまった。

あたしたちは身の危険を感じ、あたしは、空軍に一身上の都合でプロヴァンスの両親のもとに帰ると嘘をついて辞職し、パリからフランス東部とスイスにまたがるグリエール高原に密かに逃げたのである。
グリエール高原のあるサヴォワ県はドイツの同盟国、イタリーの影響下になりつつあった。
ここにはマキ(Maquis:抗独運動)が展開していた。
マキに参加する者をマキザールと呼び、その中には共産主義者なども混じっていた。
先に入山していたダランベール師も部下を従えて山賊みたいな風貌になっていたのには驚いた。
コミュニストのマリウスや、ソルボンヌ大に奉職していたサヴァラン博士など顔見知りも数人いた。
女もかなりの人数が参加している。
なかでもマリー・ウージェーヌとシモーヌ・ド・ベルジュラックとはすぐに打ち解けた。