窓の景色は寒々としたサヴォワ地方を映している。
と、マリウスが小銃を抱えて、山小屋に帰ってきた。
ジャンがストーブで湯を沸かそうとやかんをぶら下げているところだった。
あたしは、シモーヌとあやとりをしていた。
「こんな日がつづくといいわね」
まだ十九のシモーヌが悲しそうに言う。
「ヴィシーはマキ(抗ドイツ派)狩りにここにやってくるはず。時間の問題よ」
あたしは、絡んだ糸を腕から外しながら答えた。
「ジャン、イタリア軍の動きが不穏だ」
「見たのか?」
「ラジオだ」
「なんて?」
「サヴォアに軍を展開するらしい」
「イタリア野郎なんかこわくないさ」
「怖くはないが、うるさいぞ」
マリウスたちがストーブのそばでそんな会話をしている。
マリウスはイタリア語がわかるので、イタリアの情報収集は彼が担っている。

マリウスがイタリア機が西に向かうのを確認したと言ってきたのはおとといのことだった。
「サエッタが五機」
彼はそう言った。
「フォルゴーレではないのか?」
「シルエットがサエッタだった。エンジンの音もフォルゴーレではない」
イタリア空軍の戦闘機、マッキ「サエッタ」と「フォルゴーレ」のことを言っているのだ。
サエッタはフォルゴーレの前の型で空冷式エンジンであり、最新のフォルゴーレはダイムラーベンツの液冷式エンジンだった。
だからフォルゴーレはメッサーシュミットのようにスマートな機影になっている。

あたしは幼さを残したシモーヌに銃の扱いを教えることになっていた。
この子はリセの卒業を目の前に、このレジスタンス活動に入ってしまった。
マリー・ウージェーヌが連れてきたのだった。
戦争は彼女たちに、楽しいはずの学園生活を許さなかった。
マリーの父親、アラン・ウージェーヌ氏が「パリ・コミューン」の流れを引く共産党員だった。
シモーヌの両親、ベルジュラック夫妻も共産主義に傾倒していた活動家で、ゲシュタポに連行されたまま行方が分からくなっている。
ドイツに占領されたアルザス地方の彼女らのリセは閉鎖されてしまう。
マリーがリセの後輩であるシモーヌを誘ったのは当然の成り行きだった。
彼女らの逃避行は、危険の連続で、ヒトラーユーゲントらに強姦されそうになったこともあったそうだ。
その時、初めてマリーが人を殺したという。
そしてシモーヌを助けたのだった。
「わたし、夢中だった…ドイツ兵のシュマイザーを手に取ると、一気に引き金を引いたの。バタバタとあいつらは血しぶきをあげて倒れていったわ。弾が出なくなっても引き金を引き続けたわ。怖かった」
とは、マリーの話だった。