京仏師というのは仏師の中でも格別の扱いであるらしい。
おれは留萌(るもい)で一刀彫の熊を彫っていた父親に倣って、木彫りのまねごとをしていたが、昭和四十四年に高校の修学旅行で京都に来て、京仏師の仕事を見て「これだ」と思った。
おれは卒業を待って、無謀にも単身、京都に出てきてしまった。
十八の春だった。
父は止めなかった。母は一人息子を旅立たせるのにはためらいがあったはずだが、厳しい父の前では何も言わなかった。
行李の中には、おれ名義の郵便貯金通帳と小判型の印鑑がしのばせてあった。
汽車の中でそれに気づき、思わずこみあげるものがあった。
車窓がにじんだ。

その年、関西は「万博」でお祭り騒ぎだった。ここ京都でもその余波が感じられた。
みな浮かれている。
おれもせっかくだから万博とやらを観てみたいものだと思ったが、とにかく弟子入り先を決めねばならない。
去年、修学旅行で訪ねた仏師の工房を探した。
西本願寺の近く、京仏具だの、数珠だのの店が並ぶ通りに向かった。
「加納、かのう」と、おれは師の苗字を唱えながら、見覚えのある工房のたたずまいの前に来た。
おれは咳払いを一つすると、玄関の引き戸を開けて「ごめんください」と、呼ばわった。
奥から、「はい」と女の人の声がして、暗い廊下をぺたぺたとスリッパの音が近づく。
「あの、北海道から来た、大杉伸也といいます」
「へぇ、少々お待ちを」
そう言うと、青白い顔の女は再び奥へ消えた。
おれは玄関でたたずみ、加納玄瑞師と何を話そうかと思いを巡らせていた。
すると作務衣というのだろうか、そういういでたちの五十がらみの男が現われた。
「はがきをくれた大杉君か」「はい」「ま、あがって」「失礼します」
おれは仕事場に通された。二人の職人が鑿(のみ)をふるっていた。
檜(ひのき)の香りに満ちた明るい空間だった。
彼らは、二十代から三十くらいの年恰好の職人で、わき目もふらず仕事に没頭している様子だった。
「そこらに座って」
「はぁ」
さっきの女が茶を持って仕事場に入ってきた。
一畳ほどのすき間のしなびた座布団の上に坐った。
「どうぞ」女が茶を勧める。
「ありがとうございます」
「これは、家内のひで子です」
師が奥さんを紹介してくれた。おれはお辞儀をした。
奥さんは、そのまま立っていった。
「で、大杉君は、仏師になりたいとはがきにかいてたな」
「はい。ぜひお弟子にしていただきたく」
おれは、深々と頭(こうべ)を垂れた。
「あいにく、二人の弟子が住み込みで…そこに二人、おるやろ」
一人の弟子が、ちらとこちらを見た。
「だめですか…」「せっかく遠いところから来たんや、ひとつ、あたしの仲間の仏師を紹介するから、そっちに世話してもらおうと思っとるんや」
おれに選択の余地はなかった。
今さら、北海道に帰ることもできないのだ。

その人は石本光伸(こうしん)といって、やはり加納師の弟子だった人で、今は独立して工房を営んでいる。
石本師は四十を超えているが独り者で、弟子も抱えていないということだった。

その日は加納先生のお宅に泊めていただき、あくる日、千本丸太町の石本師の工房に案内してもらうことになった。
昼飯には、おむすびと厚焼き玉子、しば漬け、麩の味噌汁、お三時には、豆大福をごちそうになった。
加納先生の一番弟子が今年三十になる柳沢広嗣(ひろつぐ)さんで、山口からここに来て八年近くなるそうだ。もう一人のお弟子は、内村修兵(しゅうへい)さんといい二十六歳で去年、岐阜県からやってきたという。
二人とも、仕事中とはうって変わって、気さくにおれに話しかけてくれた。
「北海道で熊を彫ってたんやて?」柳沢さんが尋ねる。
「ええ。父親がそういう仕事だったんで」
「あれは一刀彫で大変な仕事や。おれも五年ほど前かな、俱知安(くっちゃん)の広畑とかいう工房に伺ったことがあるんや」
「広畑ですか?知ってます。父の友人です」
「そうかぁ、奇遇やね。こいつは高山で木彫りをやっとったんや」と内村さんを指す。
「高山も有名ですね」
「おれんとこも、土産用の木彫りをやってたんでね」内村さんはごつい体を小さくしながら、さもうまそうにおむすびを食べている。

夕餉の湯豆腐がおいしかった。
奥様の心づくしの筍ご飯が格別で、おれは未だかつて、こんな品のいい食事をしたことがなかった。

翌朝、おれは朝餉を皆で囲み、出かける支度をした。
千本丸太町まで加納先生とバスで向かう。
京都の市内の地名は縦横の通りの名前で呼ぶ習わしだった。
南北の千本通りと東西の丸太町通りの交差点を西に入ってすぐのところに石本さんの工房があった。
玄関につながった京間が仕事場で、薄暗い中で一人の男が背を丸めて一心に彫っている。
振り向いた石本師はメガネの小さな目で、おれたちを見、また手元の仕事に戻った。
「石本、この子が言うてた子や」
「大杉伸也です」と、ぺこりとお辞儀をした。
「ほうか…住むとこは決まってんのか?」彫りながら石本さんが尋ねる。
「いえ、まだです」
「ほな、奥の一間を使うたらええがな」
「あ、ありがとうございます!」
「ま、最初は雑用ばっかしやで。覚悟しときや」
「はい」
一瞬、緊張が走る。
「石本、そしたらこの子、よろしゅう頼むで」
「へぇ」
加納師は、おれに「ま、悪いやっちゃないさかい、あんじょう教えてもらい」と耳打ちした。
「はい。ありがとうございました」
加納さんはそのまま出て行ってしまい、おれは石本さんの工房に残された。
「あの、荷物を置かせてもらってええですか」
「ああ、あがってや。わしはこれをやっつけるから、しばらく相手になれん、奥の間を片付けて、自分の使い良いようにしとき」
「はぁ」
石本師は1メートル弱の仏さんを寝かせて足元を彫っているようだった。
奥の間に通ると、「うなぎの寝床」と言われる細長い間取りだった。
八畳の間には箪笥が並び、本棚もあった。
冬からずっと敷きっぱなしのやぐら炬燵が真ん中にあり、その天板の上には仏像の雑誌やら、古新聞やら、半分入ったウィスキーの瓶が乗っかっている。