石本師の部屋に入って、目を引いたのは鴨居(かもい)にずらりと掛けならべられた天狗の面だった。
木地のまま漆を施したものや、朱の漆を施したものなど十数面がこちらを睨んでいる。
じっと鑑賞していると、その伸びた鼻がリアルな男根の形に作ってあった。
「なんじゃ?こりゃ」おれは思わず声を上げてしまった。
艶やかな亀頭が張り出し、血管まで浮き出たその表現はいったい何の故あっての技なのだろう?
およそ仏師が腕を振るう対象ではないように思えた。
「しかし、でかいな。何かまじないか魔除けの意味があるんだろうか」

「なんや?何を見とる?」後ろから声がしたので、はっとおれは振り向いた。
「いや、この天狗が」
「どうや?ええやろ」
「はあ、先生がおつくりに?」「そや。どっちかいうたら天狗の面が本職やな」
煙草をくゆらして、自慢げに石本師は言った。
「その鼻、何に見える?」「なにって、これはアレですね」「なんや?言うてみ」
おれは試されているのだろうか?
「ち、ちんぽです…」
「ふはは、どう見てもそう見えるやろ?」
「それにしか見えませんけど…」
「これはな、昔から女子(おなご)さん、それも高貴なお方がお使いになるもんやった」
「お使いに?何にです」
「おまえ、童貞け?」「まだ十八ですから」「十八にもなって女を抱いたことないんけ?はぁ~」
憐れみを帯びた目で、おれは見られた。
そんなに恥ずべきことなのだろうか?
十八と言えばまだ高校を出たばかりである。
女など抱ける機会などないではないか。
「よっしゃ、おれが女からおせたる(教えたる)。仏師たるもの、女体を知らずして仏は彫れん」
おれは、ぽかんと口を開けて師を見ていた。

昼が近かったので、石本さんはおれを昼飯に連れていってくれた。
千本通り沿いにあるうどん屋で、にしんそば定食をごちそうになった。
ニシンといえば北海道の名物なのだが、このように濃く味付けて煮てあるニシンは初めてだった。
どこか缶詰の魚の味に似ていたが、おいしかった。
「その鰊(にしん)もな、この出汁のこぶ(昆布)もな、おまえのふるさとの北海道から来てんねん」
石本さんはメガネを曇らせながらにしんそばをすする。
「北海道と京都は切っても切れん縁があるんや」「はあ」「今日から、晩飯を作ってくれるか」「え?」
おれは、飯ぐらいは炊けるがオカズを作ることはしたことがない。
「なんや、炊事はでけへんか?」
「教えてもらったら、やれます。飯ぐらいは炊けますし」
「魚焼いたり、漬もん切ったり、みそ汁くらいは作れるやろ」「ええ、それくらいなら」「そんでええねん。ごっそ(ごちそう)は、よそへ連れたるからな」
「はい」

この家は流しが「うなぎの寝床」に沿ってしつらえてあり、井戸水を使っているということだった。
トイレは一番奥にあり、その手前にひのきの風呂があった。
風呂は薪をを使うのかと思っていたら、プロパンガスだそうだ。
煮炊きのプロパンと風呂のプロパンは別になっていて、五条の菅井燃料さんに無くなる前に電話して交換してもらうよう石本師から教えられた。

昼飯の後に寄った商店で、買い物を覚えた。
夕食には塩干もの、すぐき、たくあん、しば漬け、冷蔵庫は小さいので、あまり買い置きはするなと言われた。
二日に一回、買い物に行けということだった。カネはその都度、渡すとも言われた。
「とにかくメシやカネの心配はいらん。ぜいたくせんかったらな」
そう、師は付け加えた。
洗濯が洗い桶と洗濯板、固形石鹸というのには閉口したが、慣れれば、男所帯なのでそんなに重労働ではなかった。

「伸也、風呂入ろ」「いっしょにですか?」「背中、流してくれや」「はぁ」
子弟関係とはこういうものだと、自分に言い聞かせ、辛抱した。
ひのきの香りがほのかにする、わりと広めの風呂場だった。
桶や腰かけもひのき製だった。
石本師はさっさと裸になって、前も隠さずに風呂場に入ってしまった。
おれはゆっくり衣服を脱ぎだした。
ザバザバとかけ湯をする音がし、「おー」とか言いながら湯船に浸かった様子である。
「おじゃましますぅ」
「おう。おれはもう上がるから、交代しよ」
メガネを外した師は、若く見え、三十代といってもわからないくらいに思えた。
体は細めだからか、性器が長く見えた。
「へえ、あんまり毛深くないねんな。北海道の人は毛深いと思っとった」
そんなことをいう石本さんだった。
「ほれ、おれのほうが毛深いくらいや」
「そ、そうですね」
「ちゃんと、ええもん持っとるやないか」「は?」「ちんぽや」「やめてください」
いきなり、つまんできたからたまらない。
「ちょこっと、立たせてみてくれや」「あ、いや、そんな」「おれのは、こんなやで」
石本さんは、なんと勃起させていたのだ。
おれは他人の勃起を見るのは初めてだった。
「どや、ま、そんな大したもんやあれへんけど」
隆々と立ち上がった男根というのがふさわしい、あの天狗の鼻のごとく血管を浮かび上がらせてこちらを向いている。
「触ってくれるか?」
さらに、師はとんでもないことを注文してきた。師弟関係とはホモの関係なのか?
おれは、逃げ出したくなった。
こんなはずではなかった。
仏師になりたいのだ。
おれの頭に「辛抱」の二文字が浮かんだ。
仕方なく師の勃起に手を伸ばす。
熱く、硬い性器だった。自分が自慰をするときのようにさすってみた。
大きな亀頭は、やはり大人のものだった。
「ああ、気持ちええわ。おまえのも触らせろや」
「はぁ」
おれたちは、浴槽のへりに座り、互いにこすり合った。
変な気分だが、心地よかった。
互いに勃起を見せ合い、「たいしたもんや。女泣かせのイチモツやな」とか「いっつも剥いとけよ」とか言うのだった。
おれのは石本さんよりやや細いが、長さはどっこいだった。
「これをな、見ながら、天狗の面を彫るんや。実は、鼻の部分だけ別に作るんやで。後からにかわで貼り付けるんや」
今度は自分でいとおしそうにちんぽをこすりながら説明する。
「お前も、まず自分のチンポを彫れ。それが仏師になるための基本や」
「はぁ」おれは、この人についていって大丈夫なのか、考えがまとまらなかった。
他人に性器をなぶられて、自分も硬くしてしまっている。
男二人が狭い風呂場で互いの性器を立たせているなんて…
「おい、最後までやるか?」
「最後までって?」
「射精させたろか?おれもいきたいし、見せてくれや」
「え、いや、そんなこと。待ってください」
「恥ずかしがらんでええやないか。今日から師弟関係や。お互い、さらけ出すのも必要やで」
おれは、わけがわからなくなっていた。
自分で密かにすることを、この人は「やってみせろ」と言うのだ。
「こんなになってるやんけ。収まりつかへんやろ」
そう言って石本さんは石鹸をてにつけておれをしごきだした。
裏腹におれはますます硬くなり、赤黒く亀頭が変色するくらいに勃起してしまっていた。
「あ、はあ、はあ」
自分の呼吸が風呂場に響く。
「すごいな、若いなぁ、こんなに硬うしてから。ビンビンやないか。もういくんちゃうけ?」
そうつぶやくように石本さんが言うのだ。
そして石本さんのもビクビクと股間で揺れていた。
実は、おれは週一のペースでマスをかいていた。
中学で精通を経験してから、ほぼ、そのペースで密かにおこなっていた。
クラスの女子を思い浮かべながらの、甘酸っぱい幼い自慰行為だった。
それが、今、大人の男の人にしごかれている。
おれは怖かった。
こんなことが常になったら、とんでもない大人の世界に入り込んでしまうのではないか?
「ホモ」という忌まわしい関係…
しかし…
湯が掛けられ、石本さんがしゃがんでおれのものを口に含んだ。
「あうっ」
思わず声が出、腰をよじろうとしたが、石本さんががっしりと腰骨をつかんで離さない。
舌で、うねうねとねぶられ、吸われた。
その快感と言ったら…
「あの、石本さん、だめですってば。出ちまいますから…あああ」
石本さんはさらに激しく吸ってきて、刺激を与えるもんだから、おれは敢え無く放ってしまった。
どくん、どくん、どくん…
んぐ、んぐ…
石本師はおれの放ったものを飲み干してしまったのだ。
そうしてやっと、口から解放された。
ポロリと小さくしぼんだちんぽこが石本師の口から糸を引いて落ちたのだった。
「へへ、うまかったで」
ニタリと笑っておれを見る師。
「さあ、おれもやってくれや」
ああ、やっぱり…そうくるか…