おれの家は、オトンが材木商をやっている。
代々の家業なのだ。
新建材も時代の流れから取り扱うようになり、この家の倉庫以外に、平野区のほうにも支店と称して倉庫を持っている。
おれが一人っ子なので、家業を継がなければ絶えてしまうのだ。
しかし、その気になれないおれがいる。
オカンは、もうオトンの代で家業も終わりだろうと思っているようだ。
つまりはおれに期待していないということか。

「落第かぁ」
とうとう、単位足らずのまま、三回生をもう一年やることに決まってしまった。
べつに先生を恨む気はない。
おれが悪いのだ。
おれの気持ちも知らず、庭の桜が、この世の春を謳歌しているようだった。
この桜は祖父の代から植わっているそうで、おれも小さいころは下で使用人さんたちと花見の宴をやった記憶がある。
最近は、とんとごぶざただった。
従妹の早苗は、新学期の教科書を大学生協で買うとかで朝から出て行った。
昨日の夕飯のときの話によれば、早苗は、阪大(はんだい:大阪大学の通称)の理学部の化学系に進むということだった。
「博士にでもなるんかいな?」
「ううん、学校の先生になろうかなって思ってる」
「せんせ?早苗が?」
おれは驚いて訊きなおしたくらいだった。
「向いてないかな?」
「あ、いや、ちょっと意外やったから」
するとオカンが、
「さなえちゃんやったら、ええ先生になるわぁ」と、べんちゃらを言う。
「そうかなぁ」
「なるなる」と、オトンも無責任に持ち上げる。
そして「サトシも、ちいとは将来のこと、考えよ」と付け加えることも忘れなかった。

相変わらず、おれの部屋は片付かない。
仲間とバンドをやっていることもあって、エレキとアコギ(アコースティックギター)が壁にむき出しで立てかけてあり、黒いアンプが部屋の三分の一ほど占有している。
本棚には少年ジャンプが一年分ほど並べられており、専攻の経済学の本などちょびっとしかない。
壁にはイーグルス「ホテルカリフォルニア」のポスターとキャンディーズの「やさしい悪魔」の衣装のポスターを貼っている。
どちらも駅前のレコード屋でもらったものだ。

昼飯をインスタントラーメンで済まし、ローリング・ストーンズのカセットを聴いていた。
おれはミック・ジャガーに入れ込んでいた。
「お兄ちゃん…ちょっと」
うしろで、早苗の声が聞こえたので、テレコのボリュームを落とした。
「なんや、帰ってたんか」
「うん、さっきね。おばちゃんが買いもんに行かはったんで」
オカンが買い物に行くことと何の脈絡があるのか、おれはにわかに理解しがたかった。
しかし早苗がなにかもじもじとした表情で、いつもと違う。
「なんや?どうしたん?」
「あのね。めっちゃ恥ずかしいねんけど、お兄ちゃんやから相談にのってほしいねん」
真っ赤な顔で早苗が言う。
「だから、どうしたんや?」
「あの、その、あそこがかゆいって、お兄ちゃん、こないだ」
おれは、あのいまいましい事件を思い出した。
「あれが、どうかしたんか?もうええやないか…」
「あたしね、あたしもね、かゆいねん!」
目をつむって、早苗が早口で言った。
「あぁ?」
おれはあほみたいに口をだらしなく開けていただろう。
「だからっ、あたしもあそこがかゆいのっ!」
「わ、わかった。おちつけ。さなえ」
「うん」
肩で息をしている早苗が、いじらしかった。
聡明利発な彼女が、こんなことを打ち明けるのはよほど切羽詰まっているのだろう。
「まあ、おれはインキンタムシのオーソリティーやから、教えてやらんでもない。そやけど、女もなるねんね。インキンていうんやろか?インマンっていうんやろかね」
「もう、ちゃかさんといて!お薬とかあるの?」
「ないことはない」
「貸してくれへん?」
「あんまし、効かんで」
「そうなん…困ったなぁ」
「あのな、やっぱり、おれがやってたみたいに、お日さんに干すのが一番やで」
「そんなん、ようせん…」「やろねぇ」「でも、やってみる」「科学者やもんねぇ」
そんなわけのわからないやり取りがあって、早苗は自分の部屋に引っ込んだ。
「ぜったい、開けんといてよ!」「わかってるって」

静かである。
早苗は「天日干し」を実施しているのだろうか?
想像してはならないと思いながら、ふすま一枚隔てた向こうで、股を開いている彼女を思わずにはいられなかった。
「おめこぼし」やな。
関西では女性器を「おめこ」と言うのだ。
それを干すのだから「おめこぼし」

我ながら、いい思い付きだとほくそ笑んだ。
「おれの落第も、おめこぼししてほしいわ」
そして、激しく勃起している自分に気づいた。
従妹にそんな気持ちを持ったことはかつてなかったのに…
急に大人になった彼女が、手の届く場所で性器をさらしていると思うと、我慢ならなかった。
オトンの「間違いを起こすな」の忠告が頭をよぎった。
「ああ、たまらん、さなえ…」
想像で早苗を裸に剥き、おれは、急激に昇りつめた。
「あはあっ」
びゅるるる…
音がするくらいの射精が、万年床を汚した。
後悔の念にかられながら、チリ紙をさがして、後始末をした。
タイミングよく、ふすまがスーッと開いた。
おれはドキリとして振り向いた。
「お兄ちゃん、何してんの?」
「そ、掃除やんけ。おまえこそ、そっと開けんなや」
「ごめん、ごめん。あたし終わったし」
「そっか。終わったか。ま、何日か続けたらなおるわ」
「ありがと。お兄ちゃん」
そう言うと、ふすまが再び閉じられた。
(つづく)