ラブホテルというところは、独特の匂いがあった。
ただ男女の交歓のためだけの機能しかない部屋…
私は、これまでこういう場所に全く縁のない生活をしてきた。

律子さんは、てきぱきと風呂に湯を張ったり、足ふきマットを広げたり、忙しく立ち振る舞う。
まるで、ここが彼女の住まいであるかのような錯覚をしてしまう。
「あ、あの」
「そこで待ってて」
風呂場から声だけが聞こえた。
妙に細長い部屋は、奥がダブルベッドでほぼ空間が埋められ、私は入り口付近のソファにしかたなく腰かけていた。
思春期のころから、あこがれと恥じらいをもって私の脳裏にこびりついた「セックス」という単語。
これから、律子さんとそれをするのかと思うと、急に自信を無くしてしまうのだった。
だから、ペニスはまだその兆しを見せない。
のどは乾いていて、つばきを集めて飲む私だった。

「ねえ、服、脱いだら?」「あ、ああ」
律子さんが、もうショーツだけになっていて、上はブラウスのまま腕まくりをしている。
豊かな胸がブラウスを突き上げており、私は目のやり場に困っていた。
笑いながら律子さんもブラウスを取り去って、ブラジャー姿になる。
私も、いそいそとズボンとシャツを脱いだ。
「いい?横に座って」
ふかぶかとしたソファが彼女の重みで揺れ、その衝撃で律子さんが私によりかかる。
「へぇ、戸田さんってたくましいんですね」
長い人差し指で、私の腹筋あたりをなぞる。
「そうかなぁ。なにも運動してないんだけど」
「主人みたいに、お腹が出てないわ」
飯塚は、摂生していない男で、確かに太り気味だった。
「あまり、食べないからかな」「そうなの?うらやましい。あ、そうだ、お腹すかない?」
「夕飯、食べてないね」「こういうところは、食事もできるの。ほら、これがメニューよ」
目の前のローテーブルには料理の写真があざやかに映してあるメニューが置いてあった。
「好きなの選んでよ。あたしここのメンバーズカード持ってるからタダなの」
「へえ」
道理で慣れたものだ。
「ゆっくりしましょうよ。戸田さん」
姉のように律子さんは私をリードしてくれているのだった。
それにしても、かわいらしさを失わない律子さんには感心する。
どうして私のような、面白くもない男を誘惑するのだろうか?
ただ、彼女の夫の友人というだけで、こんなにも気さくに体を開いてくれるものなのだろうか?

私は、焼き飯とアイスコーヒーを頼み、彼女はジャンバラヤとジンジャーエールを頼んだ。
料理が来る間、律子さんは私の首に手を回し、「今夜は、あなたの女よ」なんて言うのだ。
「ねえ、律子さん」「りつこでいい」「りつ子…どうしてこんなことしてくれるんだい」「あなたが好きだから」そうささやいた。
その目に嘘はないように思えた。

私は、角野さんのことを思った。
「キスして」
私は目をつぶった。暖かい肉の感触が自分の唇に当たる。
半ば開いた口に、律子の軟体動物のような舌が巧みに侵入し、私の舌をとらえる。
キスの味はほのかな甘みを伴っていた。
初めての他人の味。
同時に、私のペニスに異変が起きていた。
ぐいぐいとトランクスを押し上げている。

私は陶酔して自分から舌を律子の口の中に差し込んでかき回している。
「ふう、苦しい…」「ごめん」「上手よ、戸田さん」
すでに、私は痛いほど勃起していた。こんなことは、かつてなかった。
私だって、たまには自慰行為をする。
実は、これまでも律子を思って自らを汚したことがあった。
しかしそのあと、言いようのない後悔の念に駆られるのだった。
自慰の勃起とは質の違う、内圧で鈍い痛みを伴うような勃起である。
律子の手が見透かしたように、勃起が持ち上げているトランクスの山を上からなぞる。
「あら、うれしい」
彼女はそういった。
「こんなに硬くしてくれて…」と、続けた。
女はそういうものなのだろうか?
「ふふ、こうやって…気持ちいい?」
握るようにして、布地の上から勃起を揉みしだいてくる。
「いい…」
私は上ずった声を上げた。
「すごいわ。爆発しそう」「しちゃうよ。だめだよ、りつこ」「ね、見せて」「ああ」
私の羞恥はどこへやら、モスコミュールで酔った頭で、血が上っていた。
トランクスを脱ぎ捨てると、彼女の前に仁王立ちになった。
「大きいわ」
そう言って腰を掛けたまま、律子は勃起に手を添え、頬をすりよせ、口に含んだのだ。
「おお、りつこさん」
頬張る彼女を見ていると、私は異常に興奮してきた。夫婦というものは毎晩、このようなことをしているのだろうか?
律子のだ液で私は濡らされ、律子は根元まで苦しそうな表情をしながらくわえこんでいる。
もうそれだけで、射精しそうになってくる。
「ああ、りつ子、出ちゃうよ」
そういうと、口を離してくれた。
「いきそう?」「うん」

ドアのチャイムが鳴った。
「ご飯が来たみたい」律子は立ち上がって、玄関のほうに向かった。
しばらくしてお盆に料理を乗せて戻ってきた。
「ここに置くわね。すぐ食べる?」「どうしようか?」「お風呂できたみたい。先にお風呂入ろう」
そういうと、律子は立って、風呂場に誘(いざな)った。
勃起を揺らしながら、私は彼女の後に続く。
私より拳(こぶし)一つ分くらい背の低い律子は、洗面所の大きな鏡に私とツーショットに収まっている。
我ながら似合いのカップルに見えた。
それが、自信につながっていく。
「私は、飯塚なんかより、ずっと律子にふさわしい」そんな、根拠なき自負が芽生えだした。

「りつ子…」「なぁに、戸田さん」「好きだ」
シャワーの下で律子を振り向かせ唇を奪った。
あむ…
彼女の精気を吸い取るような接吻だった。
「とださ…ん、くるしい…」「ご、ごめん」「あなた…」「りつこ」
私の勃起は律子の腹をつつき、彼女がやさしくそれを握る。
「ああ、かたい」「君がそうさせるんだ」「ほんと?」「こればかりは、うそをつけない」
シャワーでお互いの体を洗いながら、「いいお乳だ」「やだわ。垂れてきたのよ」「肌のきめも細かいね」「お上手」などと褒め合う。
「戸田さんのお尻ってきれい」「なんだよ。そんなとこ褒められても」「男の人のお尻って、女は気にするものなのよ」「そうなんだ」
律子の手が尻の割れ目をなぞり、睾丸にまで達する。
「おいおい、くすぐったいや」「急所だもんね」「なんかつかまれると怖いんだ」「あの人もそんなことを言ってたわ」「ふぅん」
私も大胆に、彼女の割れ目をなぞらせてもらう。
律子は触りやすいように、足を広げて立ってくれる。
「やん、きもちいいわ。あ、そこ」
おそらく、クリトリスとかいう部位を私は触ってしまったのだろう。
指先に、しこった突起が触る。
複雑な女性器をいじっていると、とてもなめらかな液体が指先にまとわりついてくる。
「濡れる」という現象なのだろうか?
「はあっ」ひときわ、おおきな息を吐き、律子があごを出して上を向いた。
「きれいだよ。りつこ」
「ありがと」
そのまま私たちは真新しい湯の張られたバスタブに身を沈めた。
女と一緒に風呂に入るという経験は、幼き頃、母と入った以来のできごとだった。
湯が惜しげもなくあふれた。
もう二人は、離れられない予感がした。