長引くと言われた梅雨も七月なかばには明けたように晴れの日が続いた。
それでも梅雨前線がまだあるらしく、気象庁は「明けた」とは宣言しなかった。
仕事にも慣れ、仲間と冗談を言い合えるようにまで打ち解けた。
頼まれていた牛乳パック充填機の英語版取説も完成し、パソコンの得意な資材部の田中美香さんがレイアウトをしてくれている。
転職して良かったと、心から思う。
そして…根岸さんとの登山の計画も少しずつ進んでいた。
今週の日曜に、根岸さんは、友人の杉本礼子さんをおれに紹介してくれた。
「三人だけど、菅野君は安心してついてきて」
「はぁ。よろしくです」
そういうしかなかった。おれは学校の遠足程度の山登りしか経験がない。
根岸さんのような、本格的な「登山」というものは初めてだった。
何を用意して、どんな服装でと考えることは山ほどあった。
「菅野君はね、このリストのものを用意するだけでいいわ。あとはこちらで用意しますから」
そう言って、根岸さんが便箋にざらざらと書いたリストを渡してくれた。
そこには繊細な文字で、下着を何枚とか、靴下、雨具、行動食(チョコレート、ナッツ類)などと書かれていた。
「遠足みたいですね」
「そうよ、そんな軽い気持ちで行きましょう。行けばわかるから」
「どんだけしんどいか?」おれは、おどけて訊いた。
杉本さんが、「しんどいけど、それだけの価値はあるから」
このよく日に焼けた小柄な女性は、いかにも山女という感じで、根岸さん以上に快活だった。
それから、駅前にある丸菱デパートの「ケルン山荘」という山登り専門の店に連れて行ってもらい、おれのトレッキングシューズを選んでもらった。
「いよいよ行くんですね。楽しみだなぁ」
「山はいいよぉ」根岸さんも、杉本さんも子供のようにはしゃいでいる。
杉本さんは、結婚していないそうだ。
「山と結婚したの。あたし」
そう言って遠くを見つめるのだった。
根岸さんとは高校が同じで、山には根岸さんの方から誘ったという。
「最初、富士山に登ろうって律っちゃんが言ったのよ」
「そうそう、二十歳の記念にね、一度も登らないバカと、何度も登るバカって言うじゃない」
「だから、一度だけ登ってみたら、楽しくって」
少女のように、根岸さんたちは山のことを話す。
田中美香さんが、印刷した「取説を」持ってきてくれた。
「どうでしょう?」
おれは、日曜日の世界から引き戻された。
きれいな写真と、おれの英訳した文章が並んでいる。
「いいんじゃないですか?とても読みやすいと思います」
「菅野さんってすごいんですね。英語がこんなに書けて」
「いや、そんな、少しできるだけです。ちょっと留学してたから」
「へぇ…アメリカですか?」「西海岸。カリフォルニアのバークレーに半年ほどね」「すごいわ」
フチなしメガネの奥で目を輝かせながら、美香さんがおれを見る。
おれは恥ずかしくなって下を向いてしまった。
すると、体に似合わず大きな胸が目の前に突き出していた。
「この子、すごいおっぱいだ…」
美香さんが、それに気づいたのか、さっと体をひるがえして、
「じゃ、これ部長に見せてきます」と言って去っていった。
おれは、さぞかし、だらしのない顔をしていただろう。
そして田中美香の後ろ姿を追っていた。
「いい子だなぁ」
そう思った。
「あの子、いい子よ」
後ろから根岸さんの声が唐突にしたので、おれはびっくりして椅子から落ちそうになった。
「あら、なにを驚いているのかな?」
「あ、いや、なんにも」
おれは、しどろもどろに答えた。
「アタックすれば?あの子まだ彼氏いないんじゃないかな」
「そんな、おれには関係ないっすよ」
「そうお?」
言葉を残して、根岸さんはそのまま、複合機のほうに行ってしまった。
それでも梅雨前線がまだあるらしく、気象庁は「明けた」とは宣言しなかった。
仕事にも慣れ、仲間と冗談を言い合えるようにまで打ち解けた。
頼まれていた牛乳パック充填機の英語版取説も完成し、パソコンの得意な資材部の田中美香さんがレイアウトをしてくれている。
転職して良かったと、心から思う。
そして…根岸さんとの登山の計画も少しずつ進んでいた。
今週の日曜に、根岸さんは、友人の杉本礼子さんをおれに紹介してくれた。
「三人だけど、菅野君は安心してついてきて」
「はぁ。よろしくです」
そういうしかなかった。おれは学校の遠足程度の山登りしか経験がない。
根岸さんのような、本格的な「登山」というものは初めてだった。
何を用意して、どんな服装でと考えることは山ほどあった。
「菅野君はね、このリストのものを用意するだけでいいわ。あとはこちらで用意しますから」
そう言って、根岸さんが便箋にざらざらと書いたリストを渡してくれた。
そこには繊細な文字で、下着を何枚とか、靴下、雨具、行動食(チョコレート、ナッツ類)などと書かれていた。
「遠足みたいですね」
「そうよ、そんな軽い気持ちで行きましょう。行けばわかるから」
「どんだけしんどいか?」おれは、おどけて訊いた。
杉本さんが、「しんどいけど、それだけの価値はあるから」
このよく日に焼けた小柄な女性は、いかにも山女という感じで、根岸さん以上に快活だった。
それから、駅前にある丸菱デパートの「ケルン山荘」という山登り専門の店に連れて行ってもらい、おれのトレッキングシューズを選んでもらった。
「いよいよ行くんですね。楽しみだなぁ」
「山はいいよぉ」根岸さんも、杉本さんも子供のようにはしゃいでいる。
杉本さんは、結婚していないそうだ。
「山と結婚したの。あたし」
そう言って遠くを見つめるのだった。
根岸さんとは高校が同じで、山には根岸さんの方から誘ったという。
「最初、富士山に登ろうって律っちゃんが言ったのよ」
「そうそう、二十歳の記念にね、一度も登らないバカと、何度も登るバカって言うじゃない」
「だから、一度だけ登ってみたら、楽しくって」
少女のように、根岸さんたちは山のことを話す。
田中美香さんが、印刷した「取説を」持ってきてくれた。
「どうでしょう?」
おれは、日曜日の世界から引き戻された。
きれいな写真と、おれの英訳した文章が並んでいる。
「いいんじゃないですか?とても読みやすいと思います」
「菅野さんってすごいんですね。英語がこんなに書けて」
「いや、そんな、少しできるだけです。ちょっと留学してたから」
「へぇ…アメリカですか?」「西海岸。カリフォルニアのバークレーに半年ほどね」「すごいわ」
フチなしメガネの奥で目を輝かせながら、美香さんがおれを見る。
おれは恥ずかしくなって下を向いてしまった。
すると、体に似合わず大きな胸が目の前に突き出していた。
「この子、すごいおっぱいだ…」
美香さんが、それに気づいたのか、さっと体をひるがえして、
「じゃ、これ部長に見せてきます」と言って去っていった。
おれは、さぞかし、だらしのない顔をしていただろう。
そして田中美香の後ろ姿を追っていた。
「いい子だなぁ」
そう思った。
「あの子、いい子よ」
後ろから根岸さんの声が唐突にしたので、おれはびっくりして椅子から落ちそうになった。
「あら、なにを驚いているのかな?」
「あ、いや、なんにも」
おれは、しどろもどろに答えた。
「アタックすれば?あの子まだ彼氏いないんじゃないかな」
「そんな、おれには関係ないっすよ」
「そうお?」
言葉を残して、根岸さんはそのまま、複合機のほうに行ってしまった。
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