レイコさんはすぐに電話に出てくれた。
「もしもし?菅野です」「あら、こんばんは。今帰ったの?」「うん」
女性に電話をするのは、実は、初めてだった。
部屋に備えているプッシュホンなんか、実家から掛かってくるか、実家にかけるくらいの用にしか役に立っていなかった。
「あの人たちは、何の集まりなの?」「児童文学の会の人たちなんだ」「へぇ、けいちゃん、そういうのもやってんだ。感心ねぇ」「あ、いや、会社の人に誘われたんだよ。一度見に来てって」
しばらくおいて、
「あの、かわいい子でしょ?」図星だった。
「わかる?」「わかるわよ。ほかのおばさんたちは、どうもねぇ」
話題を変えたかった。
「レイコさんって、ずっとあそこのパートやってんの?」
「そうね、もう一年近くなるかな、去年の九月からだから。あたしもいろいろやってんのよ。続かないけど」
「山登りの旅費もいるもんね」「そうよ。でも風俗はやらないわ」「言ってないって、そんなこと」「気にしてんでしょ?律っちゃんがあんなこと言うから」「気にしてないさ」
そんなことを話していたが、話題も尽きて、
「会わない?」と、おれから持ち掛けた。
「そうねぇ。週末は空いてるけど」
「おれんちでも構わないけど、散らかってるし」
「じゃあ、あたしんちに来ない?そうだ、泊まりにおいで」
「え?レイコさんって一人暮らしなの?」
「言ってなかったっけ?そうよ。学園前駅のサンシャインプラザっていうマンションがあるでしょう?あの三階の334号室だから」
「ああ、駅から見えるよね。茶色い外壁の」「そうそう」「じゃあ、いく」「来る前に電話してね」「わかった。おやすみ」「じゃ、おやすみ」
そう言って受話器を置いた。

こんな約束していいのだろうか?
このままだと、レイコさんと深い仲になるのだろう。
でもお互い、独り者なんだし、誰に遠慮がいるもんか…
とはいえ、根岸さんの顔が浮かび、また、美香の顔が浮かんだ。
根岸さんはともかく、美香は、おれに気があるようだし…
二股になりかねない状況である。

何といってもレイコさんは年上だし、遊び友達の一人としておれを見ているのだ。
だから、美香とは、誠実に接しなければいけないと心に決めた。