大野麻人が変死体で発見されたというニュースがテレビで流れた。

おれは最初、どこか遠くの出来事のように感じていた。
しかしだんだんと現実のこととなってはっきりと認識され、恐怖感を伴って心の中に滓(おり)のように沈殿していった。

大野は磐船山の麓の山林で軽自動車の中で絞殺されて亡くなっていたという。
テレビ画面でその軽自動車が大写しになった。
おれは息をのんだ…礼子の車だった。
杉本礼子に容疑がかかるだろうことは予想できた。
礼子に電話をしようか迷ったが、いてもたってもいられず受話器を取った。
出ない…
警察から取り調べを受けているのかもしれなかった。

まんじりとせず夜が明けた。
出勤しなければいけない。
大野のことを知っているのは、田中美香だ。
おれは歯を磨きながら、
「これはまずいぞ」と独り言をつぶやいた。
児童文学の会で美香と大野は同人だったからだ。
そして大野と杉本礼子は愛人関係にあり、そこにおれも関わっている。
美香が礼子のことをどれだけ覚えているか定かではないが、例会後のあの日のファミレスで一度会っただけだから、ほとんど覚えていないだろう。
それよりもあの車である。
あの特徴的な濃い緑の軽自動車、ぶら下がったマスコット、ダッシュボードのティッシュケース…はっきりとテレビに映っていたではないか。
数か月前の、美香との最初のデートを、おれは思い起こしていた。
美香があれを見て、何も感じないわけがない。
おれは、顔を洗い、頬を叩き、鏡を見つめた。

会社に到着し、おれはとりあえず事務所に入り、自分の机に向かうと、すでに美香が出勤してきていた。
「おはよう」おれのほうから、挨拶をした。
「おはよう」美香も応えた。変わらぬ普通の表情だった。
ニュースのこと気が付いていないのだろうか?
根岸さんが出社してきた。
「菅野君、ちょっと」
おれは根岸さんから呼ばれた。
「なんです?」「ニュース見た?」「え?」
おれは答えに窮した。
杉本礼子のことを言っているのだろうということは察しがついたが、ニュースでは大野という根岸さんには関係のない男の殺害事件だったからだ。
「あのね、礼子がね、警察に呼ばれたの」
「わかんないな」
おれはとぼけることにした。
「礼子がつきあっていた男が殺されたらしいの」
「はぁ」
「礼子の車の中で殺されていたのよ。それで礼子が引っ張られて」
「疑われているんですね?」
「どうしよう。あたし」
「どうしようったって、おれたちには何にもできないです」
「そうよね。身内でもないしね」
すると、会話を聞いていたらしい美香が「あの事件ですか?ニュースで見ました」と言うではないか。
「あたしの友達がね、疑われているのよ」根岸さんが美香に困り顔で言う。
「だいじょうぶですよ。犯人は男性だと思います」
しっかりとした口調で美香が言うので、おれも根岸さんも美香をまじまじと見つめた。
「どうしてそんなことわかるのよ」と根岸さん。
「あれはヤクザの、菱川会の仕業です」
と、きっぱりと言うのだ。
「あなたがどうしてそんなことを知ってるの?もしそうなら、警察にちゃんと話してあげて」
半ば、懇願するように根岸さんが美香の肩をつかんで言うのだった。
「だいじょうぶですって。根岸さんのお友達はすぐに解放されますから」
「田中さんは、知っているんだね」おれが、追及する。
「まぁね。あの車、ケイタくんが乗ってたの同じだったわ」
こっそりと、おれだけに聞こえるように美香が告げた。
「お姉さんと、あの殺された人と関係あるのかしら?それとも根岸さんのお友達とケイタくんが関係あるのかしら?」
そういうと、ツンとして机に向かってしまった。
おれは、おろおろと事務所から出て、第一製造課に向かった。