明日香との逢瀬は、明日香の高校卒業とともに、なし崩し的に、ほぼ同棲生活となってしまった。
兄の功一は、妹が大学進学を断念したことに、たいそう腹を立てていた。
「これからは、女も学問を身につけねばならん」
「あたしは、いやよ。働きたいの」
しかし、父親の泰造(たいぞう)は、そんなことより、娘に、はやく片付いてほしいと思っていたようだった。
ヘタに大学に行って、デモだのゲバ棒だのを振り回して、思想にかぶれてほしくなかったからだ。
功一は、妹の品行が良くないことも気に入らなかった。
なにかにつけて、
「藤原の娘として恥ずかしくないのか」と、父親のように叱責したものだった。
「兄さんこそ、司法修習生の落第生じゃないの」
「なんだと!」
癇に障った功一は、妹につっかかろうとするのを、何度も母親の京子が止めに入った。

明日香は、男を知ってから急に、兄をしのぐくらい大人っぽくなった。
一緒に歩いていれば、腺病質の「もやし」のような男は、とても明日香の兄には見えず、むしろ明日香のほうが姉のように見えた。
泰造が娘に甘かったせいもあった。
京子も、明日香の好き勝手にさせていたところもあった。
母の華道教授の仕事は、忙しく、娘にかまけている暇がないという感じだった。
そんな自由を謳歌する妹の姿を、兄の功一は、うらやんでいたのかもしれない。

明日香はというと、町会議員の父の秘書的な仕事をしたり、母親の師範代として働いたりしていたので、勤めに出るということはなかった。
だから、直之との関係も、表沙汰にならないように注意できたのだろう。
直之に苦労はさせないようにと、明日香が、お金を彼に渡すようになって、事実上の夫婦のような関係になっていた。

「おれはヒモだな」
「ううん、そんなことない。そんなふうに言わないで」
申し訳なさそうに直之が明日香から封筒に入った金を受け取っていた。
スーパーの店員では、二人が生活していくには、少しばかり足りなかった。
最近、テレビやステレオなども買い込んで、六畳の部屋が狭くなっていた。

明日香は、直之が「西ノ端」の出であることを、すでに彼の口から聞いていた。
明日香にとって、そんなことは何の関係もないと思っていた。
とはいえ、父や兄が、自分たちの交際に大反対するに違いないことも知っていた。
直之は、最初からあきらめていて、近く関係が破綻するだろうとまで思っていた。
被差別者というものは、そういう風に思考回路ができてしまっているのだった。

「どうして?人は人、あたしたちは、あたしたちじゃない。」
明日香とも、何度も言い合った。
しかし、結論は出るはずも無かった。

明日香の用心深い立ち振る舞いで、二人の同棲は続き、家に帰らないときは、坂田市内に住む親友の米田久美子に口裏を合わせてもらい、両親や兄を騙しとおした。

久美子も男と同棲しており、その意味で分かり合える仲だったのだ。
「今日は久美子の家に泊まってくる」
そう言って、久美子の電話番号を書いたメモを母に渡して、家を出てくるわけだ。
もっとも、母の京子が、久美子に電話で確かめたことは無かったが。

明日香が二十歳の誕生日に、直之と小旅行に出た。
一泊二日だったが、三鷹半島を南下して、井出岬に宿を取った。
春の太平洋は波が高く、それでもサーファーが五、六人、沖に出ていた。
砂浜には、数本の釣竿が立ち、投げ釣りをしている人がいた。
見ていると、キスが釣れているようだった。
「直之・・・あたしたち、だいじょうぶだよね」
「ああ」
「赤ちゃん、欲しい」
「え?」
「直之の赤ちゃんが欲しい」
明日香は、そう言って彼の腕に体を凭(もた)れかけた。
直之は避妊だけは、神経質なくらいに気を使っていた。
子供ができてしまえば、悲劇がすぐに来て、もはや取り返しのつかないことになることが明白だったからだ。
それでも、彼女の願いがわからない直之ではなかった。
無言で、彼女の温かな日なたの匂いのする頭を直之はささくれた手指で撫でた。

宿での夜、二人は初めて酒を酌み交わした。
「おめでとう。あすか」
「ありがとう。直之さん」
宿帳には、夫婦のように、明石の苗字で記した。
海鳴りの聞こえる部屋で、二人は交わった。
「中に、ちょうだい」
「え?」
挿入したまま、直之が止まった。
「赤ちゃん、欲しいの。お願い」
直之は、観念した。
そして、そうするべきだとも思った。
明日香と夫婦(めおと)になるのだ・・・
いつになく激しく直之は明日香を突き、二十歳の発達した乳房を揉みしだいた。
「いくぜっ」
「来てっ」
びくびくびく・・・
「あ・・・あああ」
明日香は屈曲位で深くえぐられ、その奥に、熱いほとばしりを受けた。
一筋の涙が明日香のほほを伝った。

その月の生理は来ず、その次の生理も来なかった。

そのころ、母親の京子から華道を習っている奥さんたちの間で、娘の明日香が男と腕を組んで駅前を歩いているのを見たといううわさが広がっていた。
当然、京子の耳にも入る。
明日香は母親に呼ばれた。
「あなた、お付き合いをしている男の人がいるんでしょう?」
「いきなり、なんなのよ。母さん」
「見たっていう人が何人もいるらしいのよ。どうなの?」
「いいじゃないの。あたしだって、もう大人なんだから」
「よかないわよ。あなたは藤原家の一人娘なんだから。どういう人なの?その人」
明日香は、妊娠の兆候もあり、もう隠せないなと思い始めていた。
明石直之のことを母親にしゃべった。
「サカエスーパーの店員さんって・・・そんな人と」
「そんな人ってどういう意味?ちゃんとお仕事してるのよ」
「お父さんがどういうかしらね」
「関係ないわ」
席を乱暴に立って、明日香は自室に行こうとしたとき、言いようのない吐き気が催された。
すぐに台所に行き、吐いた。
うえっ・・・
「明日香、あなた・・・」
母親は、すべてを察したようだった。
娘の背中をさすりながら、
「妊娠してるんでしょ」
苦しそうに、頷く明日香。
「どうしましょ。功一だって承知しないだろうし」
困り果てた様子の京子である。